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監視と発明 ― 防御は最大の攻撃なり!

 夜の国家サチ防衛本部は、戦場の指揮所というよりも、祈りと計算が入り混じった実験室のようだった。白い光のスクリーンが天井まで舞い上がり、そこに世界と艦隊の動き、バリアの負荷曲線、エネルギー残量がリアルタイムで踊っている。空気には消毒液の匂いと、長時間稼働した機械の暖かい匂いが混ざっていた。


 ユウトは丸テーブルに肘をつき、荒い息を吐いた。

 「やっぱり……二波同時には持たないか?」


 シグマのホログラムが静かに、だが確かな口調で答える。

 《理論上、我々のバリアシステムは高出力を長時間維持できる。しかし“コスト”が問題だ。帰還隊の艦砲、及び第3勢力のエネルギーパターンを同時に受け止めれば、バリアのエネルギー消耗は指数関数的に上がる》


 アオトがタブレットを叩きながら食い気味に続ける。

 「数字だとこうなる――二勢力同時防御でのバリア持続時間は、現行出力で最大で四十八時間。だがそれは“静的”な想定だ。弾幕の頻度が高まれば、一気に半分以下になる」


 ミカが黙って温室のブーケを抱きしめるようにして立つ。彼女は植物のように静かだが、言葉は重かった。

 「つまり――四十八時間以上は、保てないかもしれない。バリアで守るだけでは、長期戦に持ちこめない」


 サナがふっと前へ出る。顔は泥だらけの戦士みたいに引き締まっている。

 「攻撃しない。守る。それが私たちの誓いよね。でも“守るだけ”だと寿命で負ける。持久戦に持ち込まれたら、帰還隊の圧力でこじ開けられる」


 場の空気に、重い沈黙が落ちる。誰もが“攻撃しない”という道義に固執したい。だが現実は残酷だ。


 そのとき、シグマが光を強め、ホログラムの輪郭が微かに震えた。

 《代案を提示する。バリア“だけ”でなく、バリア“を利用する”という戦法だ。――バリアとワープ原理の“ひずみ”を利用して、相手の攻撃エネルギーを“流し込む”ことは可能か》


 その単語が投げ込まれた瞬間、会議室に小さなざわめきが広がった。ワープとバリアの“ひずみ”──過去に成功した短距離転移の副作用として観測された、時空の微小な歪みだ。音速域でバリアを共鳴させると発生した“ねじれ”は、単なる物理現象ではなく、エネルギーの通り道を作る可能性を秘めていた。


 老練の技術長カエルは顎に手を当て、低く笑ったように呟く。

 「こいつは、賭けだ。賭けに出るってことは、想定外の破損や暴走を招く。第三勢力が“観測→介入”を考えている今、実験は博打に等しい」


 だがアオトの目は光る。彼は早くもシミュレーションを叩き出していた。

 「理屈はこうだ。バリアの“共鳴モード”を特定のフェーズで瞬間的に変調し、音速に近い推進ノイズを同調させる。すると“局所的なねじれ”が発生する。通常の衝撃はこの“ねじれ”に吸い込まれる。ねじれの出口を作れば、吸い込んだエネルギーをそちらに放出できる。要するに“相手の弾を相手の方に戻す”か、最悪でも“宇宙のどこかへ吐き出す”」


 ユウマが歓声を上げそうになって、ぐっと堪える。

 「つまり、バリアで防いだだけじゃなくて、相手の攻撃を“そらして”しまうってことか。カッコよすぎだろ、これ」


 ミカは指先で温室の苗を撫でながら恐る恐る言う。

 「でもね、それってエネルギーの保存則の問題じゃない? 吐き出す場所が中途半端だと、我々の周囲に再降臨する危険がある」


 シグマは一枚の青白いグラフを、空中に描き出した。波形が踊る。

 《安全性評価は最優先だ。我々は“出口”をワープ確率の極小点に調整し、局所的な時空の裂けマイクロワープへとエネルギーを流す。設計ミスは許されない。だが現行バリアの共鳴モードに“干渉ノード”を噛ませることで、実用化の見込みはある》


 技術陣の一角で、若い女性技術者ルイが立ち上がった。汗で額が濡れている。瞳には不屈の炎。

 「やらせてください。実験機を作って検証する。無害化用の“撹乱ノード”と、出口座標の試験――まずは小型ドローンで」


 その声は静かだが、全員の心に届いた。ユウトは彼女の肩に手を置き、大きな決断をする。

 「よし、やれ。実験は直ちに開始だ。だが、失敗は許されない。最大限の安全策を取る。シグマ、リアルタイムで計算支援を頼む」


 シグマの光が揺れる。

 《了解。全演算資源を割り当てる》


 ――実験は始まった。


 地下の試験場では、真っ白なドームに小型ドローンが浮かび、触媒のようにバリアの局所共鳴が誘発される。技術者たちはモニターとにらめっこし、アオトは演算列を早撃ちのごとく打ち捨てる。光と音が混ざる。空気が薄くなったかのような緊張感。


 第一回目は失敗だった。局所的ひずみが微小な瞬間の裂け目を作り、そこにドローンの外殻の一部が引き込まれ、不可逆の振動を起こす。モニターが赤くなる。誰もが息を呑む。ルイの手が震える。


 「中断! 中断!」カエルが叫ぶ。溶接機の火花が暗転する。だが、ルイは画面を睨みつける。

 「違う。データを見ろ。エネルギーの吸い込み方が理論通りだ。出口の座標精度が甘かっただけ。修正できる」


 数時間。夜を突き抜けるように修正と再試行が繰り返される。技術者たちの顔には疲労が刻まれるが、目は諦めを知らない。AIは膨大な演算を叩き出し、微調整の候補を瞬時に示し、技術者はそれを手作業で具現化していく。


 第二回、成功の瞬間は静かだった。モニターの波形が滑らかに通り、ドローンを包んだ局所共鳴が無音の裂け目へとエネルギーを導いた。裂け目の先端で光が一瞬瞬き、そして何事もなかったかのように消えた。ドローンは無傷で戻った。室内は一斉に息を吐き、低い歓声が漏れた。


 ルイが膝から崩れ落ち、小さな泣き声を漏らす。アオトは照れ隠しに拳を握り、ミカは苗の葉をぎゅっと抱きしめた。ユウトとサナは互いに目を合わせ、ほっとしたように笑った。


 だが、シグマはすぐに警鐘を鳴らす。

 《成功は限定的。小スケールのパイロット実験に過ぎない。帰還隊の艦隊と第3勢力の同時射撃に適用するには、ノードの同時配置数、エネルギー吸収のスケーリング、出口座標の動的補正――すべてを倍以上に拡張する必要がある》


 ユウトは冷静に頷く。

 「わかってる。でも道は見えた。攻撃をただ受け止めるのではなく、流し込む。相手の力を“使う”」


 サナが肩を叩く。

 「私たちは攻撃しない。けど、ただ守るだけでもない。反転させる――それが私たちの新しい守り方になる」


 その夜、国家サチは方針を決断した。


 ・原則は変えない――先制攻撃は行わない。

 ・バリアで防御しつつ、共鳴撹乱ノードを追加展開し、相手の攻撃エネルギーを“安全なワープ出口”へと流す。

 ・並行して、バリアのエネルギー効率を上げるための“共鳴同期アルゴリズム”をAIと技術者が並走で開発する。

 ・第3勢力には観察の継続を促すが、彼らの閾値を超える行動には共同防衛の示唆を行う。


 計画は壮大だ。だが現実はいつも粗野だ。資源は限られ、時間は無情に減っていく。だが技術者たちの目には、かすかな狂気にも似た確信が宿っていた――この方法なら、理論的には勝てる。


 会議が終わるころ、ユウトは窓の外の夜空を見上げた。無数の艦影が遥かに光る。彼の胸には恐怖よりも責任が詰まっている。サナはそっと彼の手を掴んだ。二人の指が絡み合う。


 「これで、まだ話し合いの時間は作れるね」ユウトが囁く。


 サナは答える。

 「うん。でも、交渉が崩れたら――私たちはこれで立ち向かう。人とAIが、共に」


 灯りが落ち、試験場の機器が規則正しく息を吐く。白いドームの中で、技術者たちは眠らずに改良を続けるだろう。夜を切り裂くように彼らのキーボードが鳴り、未来を紡ぐためのコードが幾重にも重なっていく。


 戦争か平和か。だが今はまだ、問いを先延ばしにする余地がある。国家サチは攻めず、守りを“能動的”に変える道を選んだ。それは――戦わぬ者の矜持と、戦わざるを得ぬ覚悟の狭間で選ばれた一手だった。

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