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開戦前夜

 銀河の闇を切り裂き、アストル地球侵略船団は静かに、しかし確実に地球へ向かっていた。


 無数の星々の光を背に、黒鉄の艦影が列をなし、虚空の海を渡ってゆく。その先頭に立つのは、支配者層の生き残りが誇る旗艦――“アストル母艦団”。


 艦橋に立つ男、アストル。その眼差しは老いを知らぬかのように鋭く、長年の亡命生活が刻み込んだ皺は、むしろ苛烈な信念の証として深く刻まれていた。


 彼の声が低く、しかし冷徹に響き渡る。

「地球は高熱に呑まれ、文明は滅び去ったはずだ。残された者どもがどのように生き延びたかは知らぬ。だが未発達のまま生きる愚民に、未来を選ぶ資格はない。我らが再び支配し、導くのだ」


 その言葉に、艦橋の空気が凍りつく。


 科学者ケルナは震える声で口を開いた。彼の顔色は蒼白で、細い指は卓上の端を強く握りしめていた。

「しかし、アストル様……。地球はもはや我らが知る地球ではないかもしれません。高熱化を乗り越え、いかなる姿であれ生き延びたのであれば、彼らは新しい道を歩んでいるはず……」


「沈黙せよ!」


 怒声が艦橋を揺らす。アストルの拳が肘掛けを叩き、冷たい金属の響きが重々しく広がった。

 その眼は狂気を帯び、星々すら射抜くかのような強烈な光を宿していた。

「生き延びたか否かなど些末な問題だ! 奴らがどれほど変わっていようと、人類を導く資格は我らだけにある! これは戦争ではない……人類を元の姿に矯正する儀式なのだ!」

 その宣言は、艦橋にいた兵士たちの胸を熱狂で満たした。


「アストル様万歳!」

「人類を再び我らの手に!」


 拳を振り上げ、歓声を上げる兵士たち。誰もが血走った目で、帰還の日を待ち望んでいた。

 だが、その熱狂の陰で、ケルナの胸には深い恐怖が巣食っていた。


 この狂気は本当に人類を救うのか? それとも再び滅ぼすのか?

 答えは誰にも分からなかった。


 アストルらが乗る船団は、もともと地球高熱化の夜に打ち上げられた脱出ロケットを改造したものに過ぎなかった。だが100年もの流浪の果てに、その姿は原形を留めていない。


 船体を覆うのは、銀河の辺境で発見された希少鉱石から生成された装甲。

 内部には数千を超えるミサイルポッドが格納され、質量弾の投射機は惑星そのものを揺るがす力を秘めていた。

 艦首に並ぶ砲門は、かつての地球人が想像すらできなかった超高温プラズマを放ち、真空の海を切り裂く。


「我らはもう追放された難民ではない」

 アストルは艦橋の巨大スクリーンに映る地球を指さした。


「この兵器群こそ、新たな王権の証だ。地球は再び膝を折り、我らの旗の下にひれ伏すだろう」

 兵士たちは歓喜し、科学者たちは恐怖に顔を曇らせる。

 艦内に渦巻くその温度差こそ、彼らが背負う“狂気の宿命”だった。


 そしてその時、地球はまだ何も知らなかった。

 子供たちは笑い、青年たちは未来を語り、リーダーたちは新しい時代を祝福していた。

 だが、その空のさらに彼方では、亡霊のアストル母艦団が「開戦前夜」の鐘を鳴らそうとしていたのである。




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