炎属性の母と、水属性の娘
ある時、神様が空から地上を眺めていると、美しい娘を発見しました。
神様は娘に、わしの妃となれ、と言いますが娘は、
「夫と生まれたばかりの子がおりますので、その申し出はお受け出来ません」
と断ります。
すると神様は怒って、娘の隣にいた夫を罵倒しその腕に抱かれた赤子を叩きました。そして魔法を放ち、美しい娘を炎の獣に変え、その夫を風に変えて消し去り、赤子を水の精霊に変えて去っていったのでした。
◇
腕や背中に火傷痕のある少女が15歳になったある時、神様が、わしの妃となれ、と言い寄って来たので少女は、
「妃になる前に、一つ願い事を叶えて欲しい」
と言いました。神様は、
「よかろう、なんでも叶えてやる」
と快諾します。少女はこの時を待っていたのでした。
少女は自分を偽って生きて来ました。自分のことが嫌いでした。
そのせいか15歳になるというのにそうは見えないほど小柄で痩せっぽちでした。
しかし母親譲りの美貌と水の魔力による清らかな肌を持っていたので、神様のお気に入りでした。
神様に気に入られている事を少女は知っていましたし、気に入られるよう神様の好みを調べ、見た目や立ち振る舞いを変えていっていました。
そんな自分を醜悪だと思いつつも、母にもう一度会うという目的の為、感情を殺し続けました。
「さあ願いを言え」
その言葉に少女は、
「私に火傷を負わせた人に会いたい」
と言いました。
少女に火傷をさせたのは母親だと神様は知っていましたし、親に会わせるつもりもありませんでしたから断ろうとしますが、少女が、
「復讐したいので」
と火傷の痕を触りながら言うので、それならばと城の外へ出て、世界中に響く声で召喚魔法を放ち、母である炎の獣を召喚しました。
神様の魔法の力で手足を拘束されて、炎の獣は動けなくなっていました。
炎の獣に近づくと、少女は水の魔力を大きく開放し神様にバレないよう慎重に 「母さん」 と声を掛けます。
神様は、水の魔力で炎の獣を消し去るのだなと思い、口元を緩めそれを見ていました。
母である炎の獣は意識まで獣と化しており少女の呼び掛けに何も反応しません。
この獣が本当に自分の母親なのか分からず少女は困惑しました。
ですが炎の獣の両腕を見ると崩れてぼろぼろになっており、かつてヘビが言っていた事を思い出すのでした。
── 15年前 ──
自身の体がメラメラと燃えているのを見て、獣は途方に暮れていました。風になった夫が、しばらくは娘を宙に舞わせて遊んだり、ミルクを飲ませたりしていましたが、意識まで風になって急に居なくなってしまったのでした。
山の中腹にある家から助けを求めて麓の村へ行きますが、気付くと家に戻って来てしまいます。神様の魔法で村にたどり着けなくなっていたのでした。それでも村を目指して進んでいると、途中、
「助けてー」
という声が聞こえました。声の方を見ると、罠に掛かったヘビでした。何故か動物の言葉が分かるようになっていたのでした。
「ありがとう助かったよ」
そのヘビは言いました。
続けて、助けてくれたお礼に何かしたいと言うので、炎の獣は娘の世話をお願いしました。
家に戻るとかつて治療した動物達や、その仲間が集まっていました。風の声が聞こえたと動物達は言いました。意識が消え去る前に夫は助けを呼んでくれていたのでした。
動物達が代わりばんこに赤ん坊の世話をしました。
たくさんミルクを飲ませます。
体を舐めて綺麗にします。
しかし赤ん坊は痩せていきました。
「ちゃんとミルクを飲んでいるのになんで?」
うさぎは言いました。
「どこも悪くはないようじゃが」
羊は言いました。
「もっとたくさんミルクをあげよう」
ヘビは言いました。
動物達はもっとたくさんのミルクを与えようとしますが、赤ん坊は食欲も無くしどんどん衰弱していったのです。
炎の獣は元人間の医者でした。医師としての経験から理由を知っていました。
赤子は親との触れ合いが不足すると衰弱してしまう。成長が止まり、最悪の事態も起こり得ると。
炎の獣は意を決して自身の炎を出来る限り抑えると、赤ん坊を抱き抱えたのでした。
── 10年前 ──
「腕や背中の火傷は母親がお前を抱きかかえた時にできたものだ」
炎の獣に変えられた母の事をヘビは話してくれました。
まだ幼い少女が怖がらない様にする為か、ヘビは時々変な笛を 「ピー」 と吹いた。
「赤子とはいえ水の精霊だ、幸い致命的な火傷にはならなかった。薄っすら火傷の痕は残ったが、お前は母親との触れ合いの中でどんどん元気になっていった」
母が口ずさんでいた子守唄はこんな曲だったと、ヘビは続けて変なメロディーを吹きました。
赤子の成長が安定した頃、母親は意識まで獣と化して何処かへ行ってしまって、森の動物たちで世話をしていた事をヘビは話しました。そこに、急に神様が現れて赤子を天空にある神の城に連れ去った事も。
「その時俺だけがフードの中に潜り込んで一緒に来る事が出来たんだ」
物心ついた時から一緒にいてくれたヘビは不意に 「母親にもう一度会えよ」 と言うと、少女が寂しく思わないようにする為か、くだらないジョークを言って寿命で死んでしまいました。
神の城の中で一人ぼっちになった少女は、怖い時、不安な時、火傷の痕を撫でるようになっていました。そうするようにヘビが教えてくれたからでした。言われた様にやってみると、少しだけ不安や恐怖に立ち向かう勇気が湧いてくるような気がするのでした。
◇
少女はヘビの話を思い出しました。水の魔力を持つ赤子を何度も抱きかかえた影響で母の腕はぼろぼろと崩れていたのでした。
もう迷っている暇はありません。自分の水の魔力を抑え込むと少女は思い切り抱きつきました。
(どうか力をください)
心の中で祈るのでした。ジュウゥと肉の焼ける音がしました。
皮膚が焼かれる痛みの中、物心つく前の懐かしい感覚を思い出したのでしょうか、少女は涙が止まらなくなり、おんおんと泣き出してしまったのでした。
そのさまを見て、呆気に取られていた神様ですが、しだいに腹が立ってきて、
「お前など消えてしまえ!」
少女に向かって消滅魔法を放ちます。しかし風に流されて外れてしまいました。
神様はさらに怒って風を止める魔法を乱れうちにして風を止めます。
その最中少女の耳に懐かしいメロディーが聞こえてきました。それはあの時ヘビが吹いていた変なメロディーでした。
風を止めた神様がもう一度消滅魔法を放ちます。
すると炎の獣が少女と体を入れ替え、少女を庇って魔法を受けて消滅しました。
怒りの収まらない神様が少女も消そうとそちらを見ると、今まで痩せっぽちで小柄だった少女が、豊かで健やかに成長しているではありませんか。
それを見て神様は消してしまうのは惜しいと思い、
「願いは叶えてやったぞ、さあ妃となれ!」
と言うと少女は、
「その申し出はお受け出来ません」
キッパリと断ったのでした。
続けて、
「私は一人で生きていけるだけの力を得ました。私はあなたを許してここを出ます」
と言うので、神様はまた怒って、
「ええいカエルにでもなってしまえ!」
カエル化の魔法を放ちます。しかし少女には効きません。何度放つも効果がありません。
神様の魔法は言葉で心に波を起こして、それを増幅させる事で様々な影響を及ぼすものでした。
しかし少女は神様を許す事で、神様の言葉で心に波が起こることはなくなり、魔法の効力から逃れる事が出来たのでした。
少女が去ろうとすると、神様は追いかけて腕を掴み連れ戻そうとします。
腕を振り払うため、ヘビが教えてくれた護身術を使って踊るようなしなやかな動きで、少女は神様を投げ飛ばしました。
少女もびっくりする程の勢いで神様は吹き飛んで、手に持っていた力の源である鉾を落とし、地上に落下していきました。
神様を投げ飛ばした事で力を使い果たしたのか、少女は元の痩せっぽちで小柄な姿に戻っていました。
しかし新しくできた火傷の痕が、痛みと共に勇気の源となるものを運んで来てくれます。
それはかつてヘビが自分に与えてくれていたものと同じものでした。
しばらく立ったままでいた後、神の鉾を拾うと少女は城を後にしました。
後年、神の力を振るい人々を癒す少女──しばしばカエルになる──と森の動物たちが、各地で目撃されたのでした。




