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第2話 断捨離。

モーリッツ公爵邸に、アグネスメイド派遣協会の馬車が着く。フォークと箒がクロスしたマーク。

アーダが小さな革のカバンを持って降りると、執事さんが迎えてくれた。

紹介状と、専攻科卒業のバッチを見せる。


「アグネス様から伺っております。よろしくお願いいたします。」


カバンぐらいは自分で持ちますとアーダがささやかに抵抗したが、にっこり笑って執事さんが御子息の部屋に案内してくれた。

大きなお屋敷の2階の角部屋。カーテンが開いていたら、中庭が綺麗に見えていただろう。まだ昼間なのに、暗い。


「こちらでございます。お坊ちゃま付きのメイドという事でしたので、奥の控えの間をお使いください。食事はその都度運びますので。」


部屋の中は空気が淀んでいた。もう長いこと、窓も開けられていないようだ。


荷物を運んでくれた執事さんに礼を言う。

「掃除道具は揃えてございます。替えのリネンも。他に入用なものがございましたら、何でもお声がけくださいませ。」

一礼して、執事さんがドアをそっと閉める。


たかがメイドに、なんと丁寧な。さすがに高位貴族家の執事は違う。


自室にと言われた控室の窓を開ける。初秋の風が入る。レンガの塀の蔦がほんのりと黄色く色付き始めている。


「さて。早速始めますか。」


持ってきた荷物はもとより少ないので、ほんの数分で片付いた。コートの下にアグネスメイド派遣協会の刺繍の入ったメイド服を着こんできたので、コートを脱いでハンガーにかける。


掃除道具を確認。


先ほどの部屋を思い浮かべて、軽くシュミレーションする。まずは、換気ですね。


隣の御子息の部屋に入り、まず、全てのカーテンを開け、窓を全開にする。

開ける時気が付いたのだが、カーテンがすでに埃っぽい。ありがちな臙脂の厚手の物。これは後程執事さんに言って、もう少し明るい色目のものに変えよう。


明かりが入ったので部屋を見渡してみると、床の上には山積みの本と、酒瓶。使ったままのグラスが10個以上。つまみが載っていたと思われる皿が10枚ぐらい?仲間うちで宴会でもなさったのでしょうか?控室についている小さい台所にとりあえず運び込む。

ごみ箱に、その辺に散らかっている丸めて捨てられている紙くずを入れていく。

出しっぱなしの本は、執務用の机の後ろの本棚に、関連書物ごとに並べていく。もちろん、埃っぽいので、乾いた布で払ってから。


ついでに執務用の机も片づけていく。かなり大きな机だが、一面に書類が出しっぱなしになっている。項目ごとに仕分けして箱に納めていく。筆記用具は筆記用具用のお皿に並べる。さすがに引き出しは触らない。

ここにもグラスと酒瓶。もくもくと片づける。

机の上に伏せて置いてあったのは、どこぞのご令嬢の子供時代の姿絵。小さな額に入っている。柔らかそうな金髪に、春先の海のような優しい青の瞳。はにかむように笑っている。

綺麗に拭いて、一応立てて置く。


本来は来客用の物だったかもしれないテーブルセットにもソファーにも脱ぎ散らかした服がたくさんかけてある。大きな洗濯籠に、片っ端から放り込んでいく。これは…ソファーの下にも放り投げてあった。片づけていくと、大きな旅行カバンが埋まっていた。荷物をすべて出して、軽く拭いたカバンを部屋の隅に立てかける。


何なの?こうなるほど忙しかったのかしら?

執事さんの話では、誰も部屋に入れなかったらしいから。


洗濯籠が一つ一杯になったので、廊下に出して置く。


もう一つ洗濯籠を出して、ベッドルームに向かう。

思った通り、ベッドの上も脱ぎ散らかしてある。次々に洗濯籠に放り込む。ついでにベッドカバーも外す。上掛けも替えよう。ガバリと剥がす。

「誰だ!」

声がしたと同時位に上掛けを引きはがしていた手首を掴まれた。つい…

条件反射で投げ飛ばしてしまった。


声の主はスキを突かれたんだろう。ゴロンと転がったが、そこはそれ、すぐに体制を整えた。

「誰だ!何者だ!!」

「アグネスメイド派遣協会から参りました、アーダと申します。」

「・・・・・」

スカートをつまんで綺麗に礼をする。このベッドに寝ていたなら、当の御子息の可能性が高い。執事さんが特に何も言ってなかったので、留守なのかと思い込んでいた。失敗だわ。気を付けましょう。


「お部屋のお掃除を申し付かりましたので、大変申し訳ございませんが、お風呂にでも行って頂いてよろしいでしょうか?」


挨拶は済んだので、次はシーツを引きはがす。いつから替えてないのかしら?マットも替えるか。

シーツを洗濯籠に詰め込んで、念のためベッドの下も確認する。靴が散乱している。


二つ目の籠を廊下に出して、セミダブルのマットも引き剝がして廊下まで引きずる。


ベッドのサイドテーブルには水差しとグラス。酒瓶。どれだけお飲みになってるのでしょう??

グラスを台所に、靴を衣装室に…。ここもだめだわ。とりあえず、ここは後にしよう。


控室からはたきを持って来て、高いところから掛けていく。ぱたぱた。

靴の下に何かの感触?ん?

「痛いっ!何やってんだ!!!」

「お掃除ですが?」


あのまま床に転がっていたご子息の足を踏んだようですね。まだいらしたのですね?

はだけた寝間着姿の御子息は、盛大に寝ぐせのついた銀髪。寝こみを叩き起こされたので機嫌悪そうな紫の瞳。


「邪魔になりますので、お風呂に行ってくださいませんか?ホコリまみれになりますよ?それとも何ですか?掃除メイドにお風呂の世話までさせるおつもりですか?」

「は?」


「なるべくゆっくりしてきてください。お掃除の邪魔になりますので。」


あら、私ったら…この方がいると思ったように掃除が進まないので、つい、八つ当たりしてしまいましたわ。



*****


休みを取るために猛烈に働き、情報の提供者の手紙を握りしめて、片道3日かけて南部まで出かけてみたら、全くの人違いだった。今回は信用できる情報の様だったので、期待した分の落胆がひどかった。どう戻ってきたのかもよく覚えていない。

それから…あの失礼なメイドに投げ飛ばされるまで、昼なのか夜なのかもわからない生活を送ってしまった。


「もう…3年もたったぞ、クラウディア?」


リーンハルトはざぶりとお湯に潜る。



*****


侍女が用意してくれていた普段着に着替えて、部屋に戻る。


アーダと名乗ったメイドは、夕日が差し込む部屋で、窓を拭いていた。

「あら、いいところにお帰りになりました。」

満面の笑みで迎えられて、廊下に立てかけてあったベッドマットを運び入れる手伝いをさせられる。

「・・・なんで、僕が…。」

「あら?他の人は入ってはいけないんでしょう?」

「・・・・・」

「では、仕方ないですわよね?」

「・・・・・」


お掃除メイドがベッドメイキングを終える間、すっかり片付いた執務用の机に向かう。文書も書簡も仕分けして文書箱に振り入れられている。

「散らかっておりましたので、とりあえず受け付けた日にちの順に重ねてございます。」

いつの間にか一仕事終えたメイドが、控室から冷たいレモネードが入ったグラスをコツン、と置く。



翌日から…朝早くに叩き起こされて、洗顔、朝食。お茶の時間が終わると、部屋の模様替えが始まった。本来は、僕のやることではないが、他の人を入れるな、とは、確かに言ったので、おとなしくメイドの言うことを聞く。どうせ休みだし。


脚立を持ち込んで、カーテンをすべて外して、執事が新しく用意してくれたらしい物にかけ替える。ベージュの地に蔦の模様が入っている。少し離れて、カーテンを見ていたメイドが、満足そうにうなずいている。


次は家具の移動。

ベッドを東側に移動。結構な力仕事。このメイドも怪力??


「このほうが朝日で気持ちよく目覚めることが出来ますよ。暖炉の場所を考えると、暖房効率もいいですしね。」

パーテーションを移動させて完成。ベットカバーの色は茶色地に緑の葉の模様。カーテンに合わせたのか?足元の絨毯の色調も揃えてある。


メインの絨毯も二人掛かりでくるくると丸めていく。丸め終わったら、廊下に出す。

元のベッドのあった部屋もメインの部屋の絨毯をはがした跡も、昼食から帰って来たらすでに綺麗に磨かれていた。



執務用の机と本棚の引っ越しにはさすがに丸一日掛かった。

「要らないもの、もう使わないものは思い切って捨ててください。」

いちいち作業の手を止めて、書類を眺めたり、本を開いたりする僕にいら立ちを隠さずにメイドが言う。それもそうか。どんどん捨てて言ったら、意外とすっきりした。

「これは?随分古そうですが?」

机の上に飾られている小さな額縁。

「これは、絶対に捨てたりしないでくれないか。大事なものなんだ。」

「・・・・・」



次の日は衣装室。基本的に侍従や侍女が管理するところだが…正直あんまり興味もない。ぎゅうぎゅうに服が詰め込まれている。まだ開けてもいない箱が山積み。

「まず、サイズが合わないもの、型が古いもの、もう着ない、というものはこちらの籠に入れてください。」


母親が良かれと注文してくれたであろう、趣味じゃない服。

少し前の流行の型の服。

どう考えても袖の通らない小さくなった服。

・・・サクサク籠に入れていく。


俺が選別している間も、メイドが箱を開けて新しい服を出していくから、片付いている気がしない。


これはどうかな?と思うものに袖を通していたりしたせいか、服の仕分けだけでも1日かかってしまった。自分の服だが…結構あるものだな。着ないと判断した服が籠に3つ分はあっただろうか?


翌日は靴。

同じ要領で籠に入れていく。


残された靴を、メイドがさっさか磨いている。

少しさっぱりした靴箱を眺める頃には、夕刻になっていた。


「今日はここまでですかね。明日は小物を片づけていきましょう。」


さて、朝から小物を見ていく。

ガラスのケースの鍵を開けて…これは綺麗に侍女が揃えていたので、そう時間はかからないかと思われる。趣味じゃなくても、目上の人に頂いたものとかは処分できないし。

タイ止めとカフスの揃い、ラペルピン、あまり使わないが指輪…。別に宝飾品に興味はないが、それなりに持っていなければな。


隣ではメイドがタイを仕分けしている。傷や汚れや日焼けを見ているらしい。見終わったものからまた綺麗に並べられていく。


「この薄汚れた箱は何ですか?」

「・・・ああ。俺の宝物なんだ。」

「へえ。」


そう言いながら、メイドがそっと年季の入った箱のふたを外す。呆れているんだろうか?微動だにしない。


何が入っているのか、もちろん俺は知っている。四つ葉のクローバー。

昔々…大事な人と宝物の交換をした。押し花にしたが、さすがに色あせてしまったが。


そうだな。あのままあの子が四つ葉のクローバーを持っていたら…あの子は幸せになっていたんだろうか?


「捨てるなよ?」

「・・・・・」


箱を戻し、ガラスケースに鍵を掛ける。



部屋はすっかり片付いたように見える。

メイドが、これから寒くなることを念頭に模様替えをしたと言っていたが、本当に明るく、暖かい雰囲気になった。



休暇は今日で終了。明日から仕事が始まる。随分とこき使われたが、いい気分転換になった。早寝早起きで、酒を飲まなくても眠れたし。・・・出口のない思考の中でぐるぐるしてたからな。

夕食後にメイドを誘って、ワインを飲む。

渋っていたが、俺も手伝ったことを強調して、付き合わせた。


「そうですね…お坊ちゃまが仕事をずる休みしないように片づけて来いという命令でしたが…。中々…綺麗には片付かないものですね。」

「は?」


おばさまか。


「3年たったら、この国では法律上は死亡宣告が出せますよね?」

「・・・・・」

「執事さんに伺いました。3年前に誘拐された婚約者をお探しだと。毎回、当てにならない情報に振り回されて、仕事を放り投げて旅に出てしまうなんて。その方も草葉の陰で悲しんでおられますよ?」

「勝手に死んだことにするな!!」

「・・・すみません。ただ、そんなことを望んでいるかどうか、お考えになったことはございませんか?」

「・・・・・」


そう言いながら、メイドがぐいっとグラスを開ける。


「そんな思い、捨ててしまったらいかがですか?」


飲み終わった瓶のように?着れなくなった服のように、か?

こげ茶の前髪越しの眼鏡の奥の意志の強そうな緑色の瞳。


手酌でワインをつぎ足しながら、メイドの目が座ってくる。

「綺麗になるまで…帰れないんですよ。」

「・・・・・」


私は酒に強いと豪語していたメイドが眠ってしまったのを見ながら、酒を飲む。


あいつは今頃には丁度、このくらいの背格好か?

そんなことをふと考えて、自分で笑ってしまう。馬鹿げている。


仕方がないので、眠っているメイドを抱えて、控室に運ぶ。

覆いかぶさっていたこげ茶の前髪が上がってしまって、顔の輪郭が良く見える…。

ベッドにそっと横たえて、眼鏡をはずしてやって、サイドテーブルに載せる。


サイドテーブルのランプを消そうと身をかがめた時…


「リーン?」

「・・・・・」


寝ぼけて薄っすら目を開けたメイドの瞳は、春先の穏やかな海のようなブルーだった。ほんの…一瞬だったが。






モーリッツ公爵邸、不本意ながら清掃終了です。

翌朝、執事さんから、もう大丈夫なようですよ?と言われました。お坊ちゃまは元気に仕事に向かわれました。



協会に帰ると、アグネス部長の所に季節ごとに部屋の模様替えにアーダを寄こすようにと、公爵家から御指名が入ったようです。


「いい仕事をしたようね?」

と部長に御言葉を頂きましたが…。少しスッキリはしませんね。


今度はきっちり片づけてこようと心に誓いました。








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