一、闇を狩る者【下・後】
テーブルの中心で、二人は顔を近寄せる。
「もう一つの新情報――『魔女の新たな動き』のことなんだが、どうやら魔女は本気でシンシアの魂を狩る気でいるようだ。明日の夜が山場だから注意しろ」
クルドは軽く笑って黒猫に聞こえないよう声を落とし、
「警告無視か。魔女め、俺がミスったことをいいことに図に乗りやがったな」
「武器を取れ、クルド。これ以上野放しにすると、後で取り返しのつかない事態に――」
「わかっている。だが俺はやり方を変える気はない」
ラウルが呆れ笑う。
「あの事件以来、ずいぶんと慎重に行動するようになったじゃねぇか」
ハハと笑い返して、
「悪く言えばスランプだ」
黒猫が二人の間に割って入る。
「――で? やり方を変えずにどうするんだ?」
「げっ! クレイシス!」
「てめぇ、いつの間にっ!」
テーブルから思いきり身を仰け反らせて離れる二人。
黒猫は平然とテーブルの上で毛繕いを始める。
「猫って足音や気配が消しやすいから便利だよな。人間だった時と違って、話の始終が盗み聞きできる」
ちらりと二人を見ながら、
「いっつもオレから距離を置いて二人でこそこそ話してはオレが近寄った途端に会話が止まる。魔女のことを話していたんだろう? なんでオレを除け者にするんだ?」
カウンターでくすくすと亭主が笑う。
「二人とも、クレイシス君に気を遣っているんだよ」
首を傾げて怪訝に黒猫。
「オレに?」
そのままラウルへと視線を流す。
「――絶対嘘だ」
「ちょい待てクソガキ。なぜ俺様を見て否定するのか理由を聞こうか」
喧嘩腰で身を乗り出すラウルを無視して、黒猫はクルドへと目を向けた。
「なぜオレも話に混ぜてくれないんだ? 大事なことだろう?」
「クレイシス」
低く。クルドは怒りこもった声で黒猫の言葉を遮る。
「魔女の存在は証明できないと言っただろう? 話を聞いて何になる?」
黒猫は耳を伏せた。
「だ、だけど……」
「魔女を信じている時点で俺は異常者だ。さらにそれを仕事にしている俺はもっと異常者だ」
「違う、クルドは異常者なんかじゃない。魔女は本当に実在する。オレが黒猫になったのも現実の証拠じゃないか」
がしり、と。クルドは黒猫の頭をわしづかみした。
「いいか、クレイシス。その小さい頭にもう一度この言葉を叩き込め。
『魔女を証明することは不可能だ』
もう一度繰り返す。
『不可能』だ。
世間じゃ俺は頭のイカれたペテン師野郎だ。わかったな?」
「嫌だ。オレは認めない」
「まだ言うか。これは異常者の戯言なんだよ。俺もラウルも異常者扱いには慣れている。だがお前は貴族だ。証明できない戯言には関わるな」
ラウルが口を挟む。
「なんで俺様が含まれているんだ?」
クルドは黒猫の頭から手を離すと、半眼で言い返した。
「お前は自分で自分を正常だと思っているのか?」
あぁと頷いてラウル。両腕を広げ、さも当然とした顔で、
「俺様はいつだって正常だ。現実をちゃんと受け止めている」
クルドは黒猫へと向き直った。そしてラウルを指差して一言。
「これが良い見本だ」
「なるほど」
「何が『なるほど』だ、このクソガキ!」
「ぎゃぁぁっ!」
納得する黒猫のこめかみをラウルは両拳でぐりぐりと見舞った。
クルドは舌打ちしてラウルを睨み付ける。
「だいたいてめぇが事を全部ややこしくしてんじゃねぇか。クレイシスの話術にかかってホイホイと魔女のことを口滑らせたりしなければ、クレイシスは魔女に魔法をかけられることもなかったし――って、ちょっと待て。なんで俺がその尻拭いをやらされているんだ?」
「クレイシスが猫になったのは明らかにお前の失態だろう?」
「お前がクレイシスに魔女裁判のことを教えたからだろうが! いいか、ラウル。クレイシスの姿が元に戻ることより先にヴァンキュリア公家にここの足取りされてみろ。遺体が見つかるまで俺たちは死を許されることなく拷問され続けるんだからな」
ハハハ、と。ラウルは一人、他人事のように軽く笑って……。急に真顔でクルドに凄んだ。頬を引きつらせて、
「――ってンなもん洒落になんねぇだろうが。二人だけで済むと思うなよ。関係者含め、お前の一族と俺様の一族は全員死をもって償わなきゃなんないんだからな」
その言葉に黒猫は前足で拳を作り、キラリと目を光らせて強気に断言する。
「大丈夫。その件についてはオレがなんとかす痛っ!」
ラウルは黒猫の鼻頭を指で弾いて黙らせた。そして何事もなかったかのように二人で話を進める。
「いいか、ラウル。何よりも最優先はコイツを元に戻して家に帰すことだ」
うむ。納得して、ラウルは無言で行動を開始した。
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