エピローグ
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――民家の路上の片隅で。
段ボール箱に入った黒い子猫が鳴いていた。
その子猫を抱き上げて、クルドはそっと胸に寄せる。
「お前も一人ぼっちか……」
優しく、子猫の頭を撫でる。
「俺もまた、一人になっちまった……」
◆
いつもの酒場で。
ラウルはカウンターに新聞を放ると、その席に腰掛けた。
「クレイシスが屋敷に帰って、もう三ヶ月が過ぎちまったな」
コップを磨きながら、向かいでロン。
「嵐が過ぎた後といった感じかな。本当に寂しい気がするね」
「なーんか三ヶ月前までクレイシスがここで生活していたなんて、夢みたいな話だな」
ラウルは新聞へと目をやった。
ロンも新聞へと目をやり、穏やかに微笑む。
「本当に、遠い存在になってしまったねぇ」
「こうやって見ると、ほんとすげぇガキだったんだなって思うよ」
「それはこの国がヴァンキュリア公国になったことかい? それとも――」
「何もかも全部だ。世間が天才児と認めたのは伊達じゃねぇってことだろ」
「ラウル君」
「ん?」
「ここ三ヶ月の間、ずっとクレイシス君の話題ばかり振ってくるが、もしかして寂しいのかい?」
ハハハと笑ってラウル。
「この俺様が寂しいだと? 『喉元過ぎればなんとやら』という言葉を知らんのか?」
「それ、クレイシス君の口癖だろう?」
ラウルの心は深海のごとく沈んだ。カウンターにうつ伏せて陰気に呟く。
「くそっ。一回遊びがてらにアイツの屋敷に盗みに入ってやる」
「やめておけ。きっとラウル君だとわかった時点で容赦ない報復が待っているだろうよ」
「アイツなら本気でやりかねんな」
答えの代わりに肩を竦めてみせるロン。
ところで、と。ラウルは話を切り替える。
「知っているか? フレスノール・シンシアがルーデン子爵と結婚したって話」
「あぁ知っている。さっき妹のエミリアちゃんが、煙突掃除のティムと一緒にわざわざココに報告に来てくれたからね」
「また来たのか? あのピーチク娘は」
「相変わらずよく来るよ。下町の仲間と一緒にね」
「クレイシスの次はエミリアって娘か。ココは次から次に嵐がよく来る店だな、おい」
ふと、店のドアが開く。
ドアを押し開いて入ってきたのはクルドだった。
おっ。嬉しそうに片手を挙げてラウル。
「待ってたぜ、クルド――って、どうしたんだ? その猫は」
クルドの肩にちょこんと乗せられた黒い子猫を指差す。
「ん? これか?」
と、クルドは子猫に目をやった。
げんなりとした顔でラウル。
「まさかその黒猫、クレイシスだなんてオチじゃねぇだろうな?」
「オチでもなんでもない。さっきそこで拾った普通の子猫だ」
ラウルはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべると、目を細めて冷やかす。
「ははーん。さてはクレイシスがいなくなったもんだから、クルたんは寂しくなっちゃったのかな?」
否定も肯定もせず。クルドは子猫と顔を見合わせ、懐かしむように口元を緩めた。
ラウルの顔がガラガラと壊れてカウンターに落ちていく。
ロンは がく然とコップを落とした。
きょとんとした顔で、クルドは二人を見回す。
「ん? どうした、二人とも」
カウンターに崩れ落ちたラウルの顔がぼそぼそと。
「い、いや。俺様はてっきり否定してくれるもんだと……」
「季節の変わり目ってやつだ。あんま気にするな」
自分でハッキリ言い切って、クルドはカウンターまで歩み寄ると、ラウルの隣に腰掛けた。
「ところでラウル。話ってのはなんだ?」
どうにか体勢を立て直してラウル。仕事顔に戻る。
「あ、あぁ。実は先日、ローデランド伯家の坊っちゃんがコウモリみたいな変な犬に襲われたそうだ。恐らく南の魔女の仕業だろうと思うが……」
ラウルはクルドの心境を気にかけるように上目遣いで、
「……どうする? 魔女裁判」
問われ、クルドは自分の右小指を見つめた。
別れ際のこの場所で、クレイシスと交わした約束を思い出す。
『約束だからな、クルド。オレは世界一の大貴族を目指す。だからお前は、世界最強の裁判者になれ』
クルドは微笑を漏らした。右の小指をラウルに向ける。
「もちろんだ。やるよ、魔女裁判。クレイシスとの約束だからな」
ラウルは指で鼻を擦った。
「そうこなくちゃな」