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四、永遠の別れ【16】



 ◆



 ――これは夢か、幻か。


 それとも今までが全部夢だったのか……。



 クレイシスは自分の屋敷の、姉のいる部屋の前に佇んでいた。

 目前に、閉まっている扉。

 伯爵としての正装に身を包んだ自分の姿を自然と感じるのに時間は要しなかった。

 そう、明日は姉の婚約式がある。そのことで話したいことがあった。

 目前の扉を二度、軽くノックする。

「……姉さん。僕だ、クレイシスだ。入っていい?」

 扉の向こうから、いつもと変わらない姉の優しい声が聞こえてくる。

「どうぞ」

 クレイシスはノブを回すと、扉を押し開いた。

「明日開かれる、姉さんの婚約式の件で話したいことが……」

 語尾が尻すぼみになって消えていく。同時、クレイシスは怪訝に顔をしかめた。

 月の光が差し込む薄暗い部屋の中で、閉められた窓を背に佇むサーシャの姿。

「何か用事でも? クレイシス」

「明かりもつけずに何しているんだい? 姉さん」

 微笑みを浮かべるサーシャ。

「たまにはこういう部屋も雰囲気があっていいでしょう?」

 クレイシスは肩を竦めた。微笑する。

「明日はカラード皇太子との婚約式だというのに、相変わらず余裕なんだね」

 サーシャは口元に手を添えるとクスリと笑った。

「あらクレイシス。あなた、もしかして緊張しているの?」

 クレイシスは部屋に足を踏み入れた。そのままサーシャの側へと歩み寄る。

「当たり前だろう? 相手は隣国の皇太子だ。緊張しない方がどうかしている」

「ヴァンキュリア公家の後継者がそんなことでどうするの。胸を張りなさい」

 自信なく、顔を俯けて。クレイシスはサーシャの前で足を止めた。

「僕は姉さんほどの余裕なんて持っていない」

 サーシャは黙って、クレイシスをそっと抱き寄せた。

「……姉さん?」

「大丈夫よ、クレイシス」

 クレイシスの顔横に頬寄せて、サーシャは言葉を続ける。

「自信を持って。あなたにはヴァンキュリア公家を――みんなを守れるほどの力があるわ。

 だからもう過去を振り返ったりしないで。私のことは忘れて……」

 強く。クレイシスを抱き締めていきながら、

「ごめんなさい、クレイシス……」

 サーシャは泣いた。

「お願い……あなたはあなたの大切な時間を生きて……。自分の道を真っ直ぐに歩くのよ」



 すべての記憶が走馬灯のように蘇ってくる。



 これが夢であることを――。


 そしてこの瞬間が、姉と過ごせる最後の時間であることを……。



 クレイシスの頬を一筋の涙が流れた。

「ごめん……。あの時助けてあげられなくて……本当にごめんな、姉さん……」

 サーシャの手がそっと、クレイシスの右手を優しく繋いだ。

 あの時、届かなかった右手を。

「もういいのよ、クレイシス。今までずっと、想ってくれてありがとう」

 (まばゆ)いほどの光がサーシャの体から解き放たれる。

 その光が周囲を、そしてクレイシスを包み込んでいく。



 ――生きて、クレイシス。聞こえるでしょう? あなたを呼ぶ声が――


 聞こえる。

 遠く微かに聞こえてくる、声。


 クルド……?





 ◆



 死へのカウントダウンは刻一刻と死に近づきつつあった。

 それでもクルドは諦めず、必死になってクレイシスの体を揺すりながら名を呼び続けた。

 クルドの目から流れ落ちた涙が、クレイシスの頬を何度も濡らす。

「頼む、クレイシス……戻ってきてくれ……」


 その時だった。


 大きく息を吸い、呼吸を始めるクレイシス。

「クレイシス!」

 クルドの表情に笑みが戻る。思わず感極まってクレイシスの体を抱き締めた。

「馬鹿野郎! 俺を助けるなと言っただろうが!」

 少し寝惚けた声で、クレイシスが問う。

「……クルド、泣いているのか?」

「うるせぇ! もう二度と魔女裁判なんてしないからな!」

 やがて、ようやく全てが終わったことを理解したクレイシスは、安堵したように静かに、微笑した。


「ありがとな、クルド。本当に……ありがとう」




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