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四、永遠の別れ【11】



 ククク、と。魔女が肩を震わせて笑う。まるで先ほどの攻撃が効いていなかったかのように。

「大魔女様がおっしゃっていたのはこういうことだったのね」

 魔女は落ち着いた様子でゆっくりと身を起こし、地面に座り込んだ。余裕に笑いをこぼしながら続ける。

「『相手はこの国唯一』。どうやらその意味は後継者がいなくなったということではなかったようね」

 鼻で笑い飛ばしてクルド。右手に大鎌を出現させ、

「そういうことだ。この国は俺一人で充分なんだよ」

 魔女の背中に刺さった銀製の矢がフッと消える。出血していた傷口が血を吸い上げ徐々に癒えていく。

 魔女は顔に流れ落ちてきた朱紺色の長い髪をうっとうしく後ろに払って、ふてくされた顔でクルドを見上げた。

「困るのよね、そういうゴキブリ体質の裁判者。早く彼女の魂を持って帰らなきゃ大魔女様に叱られちゃうのに」

「おつかいの途中で寄り道か? クレイシスを狩れとは言われていないはずだろう?」

「個人的なコレクションよ」

 クルドは大鎌を構えた。

「上等だ。裁判者を前にしてよく言えたもんだな。狩られる気満々じゃないか」

「冗談よ。あの坊やの魂は諦めるわ。その代わり、これ以上私の邪魔をしないでちょうだい」

「一つ聞きたい。大魔女は彼女の魂を狩ってどうする気だ?」

 魔女は馬鹿にするように笑った。

「どうするですって? 別にどうもしないわよ。これは彼女が望んだこと。彼女にお願いされたの」

「お願いされただと?」

「えぇそう。だからこれは正当な魂狩りよ」

「共存って言葉を知っているか? 今すぐ魂狩りを中止しろ」

「あら、ずいぶんと上から物を言うのね」

「東の森へ帰れ、アーチャ。そして大魔女に伝えろ。『フレスノール家から手を引け』ってな」

 魔女はスッと目を細めた。

「聞いているわよ、あなたの噂。お弟子さんを北の魔女に殺されたそうじゃない。いつまでもそういうことを続けているから大切なモノを失うことになるんでしょ?」

 クルドは大鎌を持つ手に力を入れた。込み上げてくる もどかしい怒りに、奥歯を噛み締めて唸る。

「お前に何がわかる?」

 魔女はクスクスと笑って肩を竦め、

「下等な人間の気持ちなんて理解できないわ、私には」

 クルドは構えていた大鎌を無言でスイングさせた。

 その刃に手応えはない。

 魔女は少し離れた虚空から姿を現し、地に舞い降りる。

「あらあら、怒らせちゃったかしら?」

 クルドは再び大鎌を構えた。

「お前等全員、魔女という種族は俺がこの世から消してやる」

 ――駆け出す!

 距離を縮め、駆け出した足で間髪置かずに大鎌をなぎ払う。

 魔女の体はそこから消え、大鎌は空を切り裂く音を虚しく響かせた。

 クルドは勢いで前のめりに数歩たたらを踏む。

 背後にフッと姿を現す魔女。不敵に笑って手をかざし、

「今のは裁判者として失格ね」

 出現する緑色の魔法陣。

 クルドの背筋に戦慄が走った。

 防ぐ間もなく、魔法陣から放たれた黒い奔流がクルドを飲み込み圧し飛ばす。

 クルドは地面に体を叩きつけながら転がっていった。

 退屈そうにため息をつく魔女。――歩き出す。

「いくら対等に戦えるからといって、あまり調子にのらないでほしいわね。どんなに力を持っていようと所詮は人間。傷つけば血を流すし、骨を砕けば悶絶(もんぜつ)し、致命傷を負えばあっさり死ぬ、もろい生き物なの。高位なる魔女との違いがおわかりかしら?」

 うつ伏せに寝転んだまま、クルドは起き上がれなかった。

 魔女が歩みを進めてクルドに近づく。わざとらしい口調で、

「あらあら、ごめんなさい。少し力み過ぎちゃったみたい。人間相手って加減が難しいから困るのよね」

 足を止め、クルドの体を蹴り転がして仰向けにする。

 肋骨を押さえ、苦痛に顔を歪めてうめくクルド。

 それを見て、魔女が面白がって笑う。

「――あ、そうだ」

 何を思いついたか、魔女は胸の前で ぱんと手を叩き合わせると、企みある笑みを浮かべた。

「私もやってみようかしら。北の魔女がやったあのゲーム」

「な……にっ!」

「北の魔女ったら、すごく楽しそうに話すんですもの。羨ましかったのよね、あのゲーム。

 あなたは一度体験しているからわかるでしょ? お弟子さんの時は失敗したみたいだけど、今度はちゃんと当てられるかしら?」

「てめぇ……!」

 クルドは歯を食いしばり、無理やり上半身を起こした。

「あいつ等に手を出すな! 殺すなら俺を殺せ!」

 くすりと笑って魔女。

「あなたの傷は数分後に癒えるよう魔法をかけておくわ。――ふふ。楽しみに待っているわよ」

 言い残し、魔女は姿を消した。





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