一、闇を狩る者【中・後】
◆
「フレスノール・シンシアは黒だ」
「いや、オレは白だと思う」
その夜、いつもの酒場で。
「……三日ほど戻らないんじゃなかったのかい?」
問いかけてくる亭主を無視して、黒猫と普段の服装に着替えたクルドはカウンターで互いに顔を見合わせジッと睨んでいた。
外はもう暗く、酒場が賑わう時間帯。しかし、今日だけはやけに静まり返っていた。扉にかけられた『本日貸切』のプレート。
客は二人と一匹だけ。
店内の中心の席で、ふんぞり返ってテーブルに足を組み置く中年の男が一人。赤い外套。襟首にはファーが付いている。両の指には溢れんばかりの宝石をつけ、キラキラと装飾のついた白い革靴まで履いている。顔に似合わぬ真っ白の高級スーツ。そして頭に乗っけた下顎のない大熊の剥製。――これでも彼は、裏の世界では名の知れた盗賊の頭領である。
頭領はビール瓶をあおって、クルドに向け言葉を投げる。
「だったら俺様は赤だ」
ははは、と。一人上機嫌に笑う。
「パンツの色のことだろう? 黒や白より――」
「俺の勘が信じられないというのか?」
黒猫はカウンターを叩いてクルドに迫った。
「魔女の狙いは彼女じゃない!」
疎外を雰囲気で察した頭領。笑いが尻すぼみに消えていく。ぼそりと、いじけるように小さく、
「一人は寂しいなぁ……」
――黙。
きゅっきゅっと、亭主が磨くコップの音だけが店内に響き渡る。
孤立した人間を見るような目でちらりと、黒猫とクルドは頭領を見やった。
クルドが尋ねる。
「晩酌が欲しいのか?」
「おぅよ」
強気な即答が返ってくる。
クルドはため息をついて、後頭部をぼりぼりと掻いた。
「だったら、それなりの情報を持っているんだろうな?」
「『ヴァンキュリア公家の新情報』と『魔女の新たな動き』と言えば、一緒に飲む気になるか?」
ほぉと感嘆ついて、クルドは目を細めた。振り向かず、片手を軽く挙げて亭主にオーダーする。
「悪い、ボトル・ナインを二本くれ」
「言うと思っていたよ」
すぐに亭主はカウンターにビール瓶を二本置いた。
「どうも」
受け取って。クルドは頭領の座るテーブル席へと向かった。持っていたビールの一本を頭領に渡す。
上機嫌にそれを受け取り、頭領は尋ねる。
「それで? どっちを先に聞きたい?」
クルドは持っていた瓶の蓋を開けた。
「ヴァンキュリア公家が先だ」
答えて、クルドはビールを口に運ぶ。
ふーん、と面白がるように笑いながら、頭領も自分の瓶の蓋を開けた。
「ヴァンキュリア・E・クレイシス伯爵は、本日正式に侯爵の位に上がった」
ぶっ。思わずクルドは口に含んでいたビールを噴き出した。目を丸くして、
「な、なんだそりゃ! 正式にって、本人はそこにいるぞ!」
と、カウンターに座っている黒猫を指差す。
頭領はビールを一口飲んで、
「それほど追い込まれているってことよ。両親はどうやら息子の失踪をもみ消したがっているようだ」
「失踪をもみ消すだと? 今更になってどういうことだ?」
答えることなく、頭領は黒猫へと目を移す。
「お前にはこの意味がわかっているんだろう? ヴァンキュリア・E・クレイシス侯爵殿」
皮肉を込めて名を呼んで、頭領は瓶の口を黒猫に向けた。