四、永遠の別れ【9】
※ 前書きにて失礼いたします。
お気に入り登録してくださった一名の方、本当にありがとうございます。継続して登録していただいてる皆さまにも改めてお礼申し上げます。
このまま最後まで書き上げたいと思っていますので、お付き合いくだされば嬉しく思います。
◆
「いい加減にしろよ!」
その頃。
シンシアの部屋の前で、黒猫は飛んでいる小鳥に向け叫んでいた。
「話があるから降りて来いって言っているだろう!」
「どうして?」
「状況ぐらい読めよ! お前は魔女に狙われているんだぞ!」
キィ……。
ふと、二人の会話を割くようにシンシアの部屋のドアが軋み音をたて、ゆっくり開いていく。
「きゃぁっ! 幽霊!」
小鳥は悲鳴を上げて黒猫の顔面に張り付いた。
口端を引きつらせて黒猫。不機嫌に、
「邪魔だ。退いてくれ。何が起こっているのかさっぱりわからん」
離れようとしない小鳥を無理やり顔から引きはがして、黒猫は正体を確かめた。
ドアを開けたのはシンシアだった。微笑みを浮かべて穏やかに手招く。
「おいで。エミリア、クレイシス」
小鳥の表情に安堵が広がる。
「なーんだ。お姉ちゃんだったのね。びっくりしちゃった。
やっと起きたのね、お姉ちゃ――痛っ!」
飛び立とうとする小鳥を、黒猫は慌てて引き止めた。
小鳥が怒りあらわに黒猫へと振り返る。
「ちょっと! 痛いじゃない、何するのよ!」
「待て、エミリア」
黒猫の脳裏をあの時の恐怖が過る。シンシアに警戒を抱きながら、声を震わせ尋ねる。
「なぜ……オレの名を? ――いや、なぜオレだとわかった?」
小鳥が不思議そうに首を傾げる。
「何? どうかしたの?」
シンシアがにこりと微笑む。悪戯っぽく舌を見せて、
「あら残念。私としたことが、それは迂闊だったわ」
言って、右腕を黒猫へ向けて突き出した。
その手の先に出現する緑色の小さな魔法陣。
――瞬間、魔法陣から放たれた重い烈風が、黒猫の体を激しく壁へと叩きつける。
風圧が消え、黒猫は壁からずり落ちるようにして床に倒れ込んだ。
それを見た小鳥がシンシアに向け悲痛な声を上げる。
「どうして? なんでこんな酷いことをするの、お姉ちゃん!」 シンシアは軽蔑するような目で小鳥を睨み付けた。
「頭の鈍い子ね。まだ私をお姉さんだと思っているの?」
小鳥へと右手をかざす。
出現する魔法陣。
黒猫が小鳥へ向け、叱責を飛ばす。
「何してんだ、エミリア! 早く逃げろ!」
「え?」
状況が分からないといった声で小鳥。戸惑ってばかりでなかなか逃げようとしない。
黒猫は舌打ちすると奥歯を噛み締め、痛む体を鞭打つように奮い起した。そして魔女に向かって一気に駆け出す。
すぐさま黒猫はシンシアの足に噛みついた。
悲鳴を上げるシンシア。殺気立った目が黒猫に向く。
「人間の分際で、よくも!」
手中の魔法陣を黒猫に変じてかざし、発動の光を注ぎ込んだ。
その時だった。
屋敷の隅から隅へと駆け抜けるように、耳をつんざく甲高い音が大気を揺るがし鳴り響いた。
遮断することのできないその音に、シンシアは耳に手を当て苦痛に呻きながら床にひざまずく。
同様に黒猫も小鳥も、その音に耳をふさいで床にうずくまった。
シンシアの表情が鋭く変わる。
「おのれ裁判者! 私をここに誘い込んだのはそれが目的だったのね!」
苛立たしげに言葉を吐いて、シンシアはフッと姿を消した。
◆
異空間の中にある偽りのフレスノール家の屋敷。
その屋根上で、クルドは静かに目を閉じると呟くようにして唱えた。
「封陣・重・捕縛」
中庭に仕掛けていた女神の振り子の置時計が、零時でぴたりと針を止める。
それを合図にするかのように、置時計の真下に炭で描かれた小さな魔法陣が六方へ光の帯を走らせた。
六方向――それぞれの方角には魔法陣の描かれた古布が置かれてあり、古布はその光を一旦受け入れて屈折させ、再び別の方位へと走らせる。
それらを繰り返し、みるみる何かの紋様を描いていく。
大きな六紡星の陣。
六紡星を囲う円が結ばり、魔法陣が完成の光を放つ。
同時に鳴り響く、耳をつんざくような甲高い音。
光が消える。
それに合わせるように音も次第に遠く小さく消えていった。
クルドはそっと目を開いた。微笑を漏らす。
「魔女に喧嘩を売ったからには覚悟を決めろよ、自分」
フッ――。
魔女が目前の虚空に姿を現す。憎々しげに顔を歪めて、
「いい度胸ね、裁判者。私と真っ向勝負しようっていうの?」
クルドは笑みを浮かべた。
「あぁそうだ。俺を殺さない限り、てめぇはここから出られない」