四、永遠の別れ【7】
絞めていた腕を解放して、クルドは答える。
「みんながいなくなったんじゃない。お前がいなくなったんだ」
えっ? とクレイシス。
「オレがいなくなった?」
「あぁ。お前は魔女が作った異空間の中に引きずり込まれたんだ。
魔女は必ずお前とエミリアを殺しに再び姿を現す。俺の忠告を無視したからには覚悟を決めろ。
シェルーの効力は一度きりだ。飲んでいることがバレれば、次はおそらく違う魔法で姿を変えて襲ってくるはずだ」
「七杯は飲んだぞ?」
「だから何だ? 何杯飲もうが効力は同じだ。
――いいか。今から俺が言う三つの約束を守れ。絶対にだ。守れなければ俺はお前を容赦なく狩る」
「オレを? 標的を間違ってないか?」
「魔女は誰にだって変身できる。お前に成りすまされたら手の打ちようがない。だから約束だ」
「わ、わかった……」
「一つ、魔女に喧嘩を売るな。二つ、俺を助けに来るな。三つ、必ず短剣を持っていろ」
クレイシスは首を傾げた。
「短剣?」
「あぁ。魔女を殺せる唯一の武器だ。きっとロンのことだ。お前がここに来たなら渡しているだろうと思うが」
言葉を止め、クルドは人差し指を口元に当てて唱えた。
「解」
虚空から出現した大鎌が七色に光る。
みるみる小さく縮んでいき、クルドの手の中へと落ちる。
「あ、それ……」
クレイシスは思わず指差して答えた。
「さっきジャガイモの皮むきに使っていたやつ――」
迷わず。クルドの拳がクレイシスの顔面にめり込んだ。
クルドがぼそりと、
「知っているか? そういうのを罰当たりというんだ」
もごもごと、拳をめり込ませたまま謝るクレイシス。
「浅はかなことをしてすみませんでした」
「取って来い。あれはロンの大事な短剣なんだ」
ようやく拳が退けられ、クレイシスはずきずきと痛む顔に手を当てる。
「だからって殴ることないだろう?」
機嫌悪くクルド。
「いいから取って来い」
「わかったよ……」
投げやりに言葉を返し、クレイシスはふてくされた態度で落とした短剣を拾いに向かった。
去り際に――。
「二年前……」
沈んだ声でクルドが言った。
足を止めるクレイシス。
「……二年前が、何?」
クレイシスの催促に、クルドはようやくぽつりぽつりと語り始めた。
「二年前、魔女狩りの最中に弟子が魔女に殺された。俺の目の前でだ。今回もそうなるとは限らんが、もしもの為の用心だ。絶対にその短剣だけは手放さないでくれ」
クレイシスが振り返って問う。
「二年前、いったい何があったんだ?」
クルドは少し躊躇いに口をつぐんでいたが、やがて重々しくその問い掛けに答える。
「目の前に二人の弟子がいたのさ。どちらかが魔女で、どちらかが本物の俺の弟子。――だが俺は、最後まで本物がどっちかわからなかった……」
『クルドさん、僕が本物です!』
『クルドさん、アイツが魔女です!』
「ためらう俺を前にして、弟子はもう一人の自分に短剣を突きつけた」
『僕が魔女を殺してやる!』
思い出して、クルドは片手で顔を覆った。
「魔女にそそのかされていたアイツは慌てて俺を助けに酒場を飛び出したらしく、短剣は酒場のカウンターに置き忘れたままだったそうだ。俺はてっきり――」
言い訳を連ねる自分を否定するように激しく首を横に振る。
「いや、気付いてやるべきだったんだ。師匠だからこそ、アイツを……」
顔に当てていた手を前髪へと持っていき、クルドは懺悔の思いで強く握り締めた。
「魔女は弟子の魂を狩って、俺を嘲笑いながらどこかへ消えていった。ラウルは必死にその魔女を探してくれたが、見つかったからといってアイツが生き返るわけでもない。
それ以来、俺は魔女狩りを辞めた。これ以上続けていたって何の意味もない。本当に守るべきものを俺は失ったんだ……」
「もういいよクルド。やっぱり止めよう、こんな話は」
四つの軽い足取りが床を踏み鳴らす。
クルドはクレイシスへと目を向けた。しかしそこにクレイシスの姿はなく、代わりに一匹の黒猫が短剣を口にくわえ、外から戻ってきた。
黒猫は短剣を一度床に置いて、
「とりあえず手分けして魔女を探そう。クルドはそこの廊下を右に、オレは左に行くよ」
クルドは手を下ろして微笑した。
「……そうだな」
「じゃ、オレは先に行くから。あとは適当によろしく」
表情なく淡々とそう言って、黒猫は再び短剣を口にくわえると、黙って駆け足で調理場を出て、廊下を左に曲がった。
冷たく、どこかよそよそしい感じの黒猫。
遠退いていく足音を耳にしながら、クルドは黒猫に言葉を残す。
「今までありがとな、クレイシス。お前と過ごしたこの一年、アイツが帰ってきたみたいで本当に楽しかった……」
フッ、と。クルドはそこから静かに姿を消した。