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四、永遠の別れ【6】



 ◆


 フレスノール家、内部にある調理場。

 ……その裏口で。

「くそっ。なんて人使いの荒いオヤジだ」

 一人寂しくジャガイモの皮をむく見習い調理少年――クレイシス。慣れない手つきで必死に短剣で皮をむく。

 吹きすさぶ寒い風にかじかむ手。はぁと白い息を吐きかけながら、クレイシスはぶつぶつと愚痴を落とす。

「警察が来るなんて予想外だ。おかげでクルドを見失うし、変装すればこの有り様だし。あぁもう踏んだり蹴ったりだ」

 静寂に包まれた暗闇の裏庭で、調理場の閉められた戸口を背にうずくまるようにして座り、月明かりを頼りにジャガイモの皮をむき続ける。

「あ……」

 急に何かを思い出し、短剣を持つ手を止める。

「そういやこの短剣、ロン爺がお守りに貸してくれたんだった……」

 気付いた時にはすでに遅く。「ま、洗って返せばいいか」などと前向きに考え直して肩を竦め、クレイシスは皮むきを再開した。


 ふと……。


 一歩一歩と近づいてくる靴音に、クレイシスは静かに顔を上げた。

 どこの貴婦人だろう。白いローブに身を包んだ朱紺髪の妖艶な女性が歩み寄ってきていた。

 面識のない女性に、クレイシスは呆然と首を傾げる。

 女性は足を止めず、近づきながら口を開く。

 ――クルドの声音で。

「何をしているんだ? こんなところで」

 ゾクッと、クレイシスの背中に悪寒が駆け抜けた。

 ジャガイモと短剣が音を立てて地面に落ちる。

 女性は声音を変えずに怪訝そうに首を傾げた。

「どうした? そんな顔して。俺の顔に何かついていたか?」

 答えず、クレイシスは背を向けると、真後ろ――ドアノブに急いで手をかけ回した。


 しかし、


 何度回すが、ドアノブは鍵がかかったように回らない。

「無駄よ、クレイシス。そのドアは開かないわ」

 ひやりと心臓を貫くような女性の声が耳元で聞こえた。

 あまりの恐怖に声も出ず、クレイシスはドアに背を張りつけた。

 鼻先に突きつけられる短剣の切っ先。

「どうやら私の本当の姿が見えているようね。もしかしてシェルーでも飲んできたの?」

 女性は突きつけた短剣で弄ぶようにしてクレイシスの顔をゆっくりと撫でた。

「助けを呼んでもいいのよ? 大声で泣き叫んでもいいのよ? あなたの声は誰の耳にも届かない。

 ここは異空間の中。私が転送してあげたの。だから誰も助けになんて来ないわ」

 切っ先が顔の輪郭をなぞって喉へと下がっていく。

「あの時は裁判者に邪魔されたけど、今度は邪魔が入らなくてよ」


「それはどうかな?」


 女性の背後から聞こえてくる本物のクルドの声。

 大鎌の刃が闇夜に(きら)めく。

 一瞬の風をつれ、弧を描いてクレイシスの服をかすり切る。

 すでに女性の姿はそこにはなかった。

 クレイシスはそろりと視線を落とし、自分の切れた服を見つめた。ごくりと生唾を飲み込む。

 舌打ちするクルド。

「ちっ。逃げられたか」

 言いながら、なぎ払った大鎌を何事もなかったかのように引き寄せていく。

 クレイシスは恐る恐る尋ねた。

「……なぁクルド。今、本気でオレまで殺そうとしていなかったか?」

 クルドは冷たく鼻で笑い飛ばして、

「悪いな。手元が狂って危うくお前()殺すところだった」

「――ってことは、思いっきりオレ狙いだったな!」

「クレイシス」

 真顔でクルドが名を呼ぶ。

「な、何……?」

 気圧されて たじろぐクレイシス。

「なぜお前がココにいる?」

「うっ!」

 まるで悪戯が見つかった子供のようにクレイシスはびくりと身を震わせて動揺し、言葉を詰まらせた。

「酒場で寝ていた(・・・・)はずのお前が、なぜココにいる?」

 ニヤリと笑ってクルド。

「――さては狸寝入りしていたな? お前」

 クレイシスはさりげなく目を泳がせながら頬を掻き、わざとらしく口調を変える。

「いやぁ~、どこのどなたか存じませんが、命を助けていただきありがとうございました」

「この期に及んで白々しいことを」

「じゃ、そういうことで」

 急いでドアノブを回してその場を逃げる。さっきは開かなかったはずのドアが今度はなぜか簡単に開いた。

「あれ? 開いた」

 そんな疑問を抱いている間に、追いかけてきたクルドがクレイシスの襟首を捕まえて首に腕を回し、思いきり背後から絞め上げる。

「まずは『ごめんなさい』が先だろうがっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 泣きながらクレイシスは絞めたクルドの腕をぺしぺしと叩いた。叩いていて、ふと周囲の異変に気付く。

「……あれ? みんな、どこに行ったんだ?」

 叩いていた手を止めて、きょろきょろと調理場を見回す。

 先ほどまで騒がしかったはずの調理場が、今はなぜかガラリと人はおらず、天井の明かりだけが虚しく部屋を照らしていた。





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