四、永遠の別れ【5】
◆
「悪いな。ここまでやらないと切羽詰まってたんだ。運が悪かったと思って許してくれ」
フレスノール家に隣接する貯蔵庫内で。
クレイシスは昏倒させてしまった見習い調理青年に向けて申し訳なく謝った。
すぐに気持ちを切り替え、気を失っている見習い調理青年の体をズルズルと奥に引きずっていく。
すると、青年の帰りの遅さに苛立ったのか、入り口から男性の野太い怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい新入り! 玉葱一つ取ってくるのに何してんだ、早くしろ!」
暗闇の貯蔵庫内で何が起こっているのか、その男は知る由もないだろう。
「はい、すぐ行きます!」
と、クレイシスが答える。
男は満足してか、どこかへ行ってしまった。
クレイシスはズルズルと青年の体を引きずりながら愚痴をこぼす。
「くそっ。なんでこんな肝心な時に猫にならないんだ? 猫になりさえすればこんな苦労は――」
「おい、まだか新入り!」
予期せぬタイミングで言ってくる先ほどの男の声に、クレイシスは心臓が止まりそうな思いで悲鳴を上げた。
男の苛立ちは頂点に達してきているようで、
「玉葱だぞ玉葱! 畑から取ってこいって言ってんじゃないんだぞ!」
「み、みみみ見つかりましたのですぐ行きます!」
「サボってないで早くしろ!」
「は、はい!」
再び男は入り口から離れていった。
「…………」
どうやら運が悪かったのは自分だったようだ。早めに玉葱を持っていかなければ、あのご立腹では後々が面倒そうである。
クレイシスは青年の体を適当にそこら辺に転がし、急いで――
「まだか新入り!」
クレイシスは再び悲鳴を上げて、先ほどの言葉を繰り返すのだった。
◆
その頃フレスノール家の中庭で――。
クルドも同じように驚きの声を上げていた。
「キャシー! お前、なんでこんなところに!」
「そっちこそ、なんでこんなところにいるのよ!」
癖のある長い朱髪を後ろで一つに束ねた女性――キャシーも、予期せぬクルドの存在に声を上げる。
屋敷の中から男性の声。
「キャシー君、何か見つかったのかね?」
キャシーは慌てて屋敷へと向き直り、激しく両手を振った。動揺するままに、
「な、なんでもあるわけないですよ、署長!」
署長と呼ばれた――小柄でずんぐりとした体格のベレー帽を被った刑事の男は、屋敷の中から窓辺に立ってジッと冷ややかな視線でキャシーを見ていた。
もちろん、クルドの姿は署長に見えていない。
呆れるようにため息をついて署長。
「遊びに来たんじゃないんだぞ。真面目に仕事をしろ。見つけ出すことができなければ、君の異動は決定だ」
「ちゃんとしますから! だから署長、異動だけは勘弁してください~」
キャシーは涙ながらに訴えた。
無視して署長は窓から離れて部屋の奥へと去っていった。
クルドはキャシーに問う。
「何事だ? なぜ警察がここに?」
涙を拭いながらキャシー。
「この家から通報があったの。『クレイシス侯爵が家にいる』って。それでね、あなたと同じ名前で同じ歳くらいの――ちょうどあなたと似たような特徴の貴族の男と行動を共にしていたらしいんですって。
――ほら。あの子、お菓子をくれる知らないおじさんについていきそうなタイプでしょ? 実際、人さらいのデングに馬鹿正直についていったほどだから心配しているのよ。客室にいるからって言われて来たんだけど、どこにもいなくって。
みんなで手分けして探しているんだけど、何か知らない?」
顔に手を当て、クルドはうめいた。
「酒場にいて正解だったな」
「何か知っているの?」
「いや何も。――それよりキャシー、頼みがあるんだが」
スぅーッと身を引くキャシー。
「あなたがその姿で私に頼み事する時の内容ってだいたいの見当がつくんだけど、何?」
「炭と置時計と度の強い酒とハンカチサイズくらいの古布を六枚、持ってきてくれ」
キャシーは苦々しく顔を歪めた。
「毎度毎度、それを何に使っているわけ?」