四、永遠の別れ【3】
◆
「お姉ちゃんとこうして一緒に寝るの、何年ぶりかな?」
差し込む月明かりでほんのり明るいシンシアの部屋。そのベッドにエミリアとシンシアは肩を寄せ合い、眠りにつこうとしていた。
昔を思い出して、シンシアが笑う。
「そうね。あなたが初めて下町に行って、下町の子と一緒に遊んで泥だらけになって帰ってきて――フフ。お母様に叱られて、泣いて私のところに来た時以来かな」
エミリアは不機嫌に頬を膨らませた。
「お母様ったら、どうしてあんなに怒るのかしら?」
「それはあなたが身分を弁えていないからよ、エミリア」
「え?」
きょとんとした顔でエミリアはシンシアを見つめた。
シンシアはエミリアと真剣に向き合う。
「あなたが下町の子と遊び続ける限り、お父様は男爵の身分から上がれないの。もしかしたら男爵の身分すら危うくなるかもしれないわ。
辛い事かもしれないけど、お父様の為に我慢して。あなたは貴族なの。蔑みを受けるのはお父様なのだから」
エミリアはそっと目を伏せた。ぽつりと呟く。
「お姉ちゃん、ごめんね……」
「どうして謝るの?」
エミリアの目から涙が零れる。
「……こんな妹で……ごめんね」
「エミリア……」
髪を撫でようと手を伸ばすシンシア。しかし、エミリアは防ぐように掛けシーツを被った。
その中で、もごもごと言葉を続ける。
「あたし、どうしたらいいと思う? 黒猫ちゃんはね、胸を張れば大丈夫だって言ってくれたの。でも……あたしにはそんな自信なんてない」
そっとシーツから顔を覗かせる。
「お姉ちゃんは、どう思う?」
にこりと、シンシアは微笑みを見せた。
「あなたって不思議な子ね。草木や花、風と話したり、動物と話したり、下町の子と遊んだり。
純粋で真っ直ぐな目をしていて、誰に対しても分け隔てなく平等に接して、すぐに周囲に溶け込んでしまって。
――ふふ。あなたはまるで大空を照らす太陽ね。私はあなたが羨ましく思うわ、エミリア」
「……ほんと?」
「えぇ」
エミリアの表情にみるみる笑顔が戻る。
「ありがとう、お姉ちゃん」
フッ――。
霞むようにエミリアの姿が消えていく。
「エミリア?」
シンシアはベッドから身を起こした。
エミリアの姿が消えてなくなっている。代わりに、そこには一羽の小鳥がいた。
「……鳥?」
その瞬間!
遠くで時計台の鐘が鳴り響く。
シンシアはすぐに窓の外へと目を向けた。
「これは夢かしら? こんな時間に鐘が鳴るなんて……」
小鳥は翼になった自分の両手を見つめ、驚愕に呟いた。
「な、なんなの、これ……あたし、鳥になっちゃった」
小鳥がしゃべっている。
しばし呆然と小鳥を見ていたシンシアだったが、やがて何食わぬ顔でいそいそとベッドに寝入った。
「きっと夢ね。エミリアが鳥になるだなんて……フフ」
「『フフ』じゃないわよ、お姉ちゃん! あたし、本当に鳥になっちゃったのよ!」
かたわらで騒ぐ小鳥を無視して、シンシアは静かに目を閉じた。
◆
フレスノール家の屋根上で、黒衣姿のクルドは何かを待っていた。
ふと――。
遠方で時計台の鐘が鳴り響いた。
不敵に笑みを浮かべるクルド。
「魔女め、わざと鐘を鳴らしやがったな。襲撃を予告してくるとは俺も嘗められたもんだ」
右の人差し指を、そっと唇に当てて紡ぐ。
「封陣」
屋敷の真下に現れる白く光る魔法陣。
同時、屋敷の上空に緑色に光る巨大な魔法陣が姿を現す。
ドン、と。大地を揺るがすほどの衝撃と振動が屋敷を襲った。