四、永遠の別れ【2】
※ 前書きに失礼いたします。
お礼を言いに顔を出しました。
新たにお気に入り登録をしてくださった方、心の栄養をありがとうございます。
継続でお気に入り登録していらっしゃる方々、創作意欲をありがとうございます。
心からお礼申し上げます。
◆
――ダン!
カウンターに激しく拳が叩き込まれ、そこにあった食器類や置かれていた物が驚いたように身を跳ね上がらせ音を立てる。
いつもの酒場で。
「俺様は知らんぞぉ~」
ラウルは隠れるように身を低くして、カウンター席から遠くのテーブル席へと避難していく。
ロンは黙ってカウンターに置いていた食器類を守るようにして片付け始めた。
カウンターでは拳を叩き込んだまま睨むクルドと、その向かいで深刻な顔で睨み返すクレイシスが対峙していた。
クルドは怒りはらんだ声で話を続ける。
「俺は助けた事を責めているんじゃない。
なぜ魔女に喧嘩を売るようなことをした? 魔女はお前が敵う相手じゃないんだぞ」
「だったらオレに魔女狩りの仕方を教えてくれ」
「何……?」
クルドは眉根を吊り上げた。
「オレに姉さんの敵を討たせてほしいんだ。もうこれ以上、黙って見ていることなんてできない」
「…………」
クルドは張っていた肩をため息とともに落とした。そっぽを向くようにしてカウンター席の椅子に座ると、素っ気なく答えを返す。
「断る」
「理由は?」
「…………」
「理由ぐらい聞かせてくれたっていいだろう?」
「…………」
クルドは無言のままクレイシスと向き直ると、低く静かに、閉ざしていた口を開いた。
「敵討ちした先に、お前は何を見る?」
クレイシスが怪訝に顔をしかめる。
「何って……?」
「俺がお前に魔女狩りを教えたとしよう。魔女アーチャを狩った後、お前はどうするつもりだ?」
「どうするって……」
「魔女アーチャは氷山の一角に過ぎない。また同じように魔女の被害者が出た時、お前は放っておけるのか?」
「それは……」
クレイシスは言葉を濁して視線を落としていく。
「この世界に踏み込むな。荒んだ人生を歩みたければ別だがな」
クルドはため息を吐くと、座っていた椅子から立ち上がった。
すぐにその腕をクレイシスが無言で引き止める。
クルドはフッと軽く笑った。乱雑に、クレイシスの頭を掻き撫で、
「今からもう一度フレスノール家に行ってくる。魔女は強行にエミリアの魂を狩るはずだ。
結果がわかったら、また報告する」
掴んだクレイシスの手を退け、クルドは店の出入り口扉へと歩を進めた。
「待ってくれ、クルド。オレも行く」
クレイシスがその背を追ってくる。
背を向けたまま、クルドは忠告した。
「ついて来るなよ」
「どうして?」
「足手まといだ。お前はここでシェルーでも飲んで留守番してろ」
「……え? 何の為に?」
不思議に首を傾げるクレイシス。
クルドはロンに目配せする。
ロンは棚から赤い液体の入った怪しげな瓶を手に取り、空いた片手でカウンターにコップを一つ置いた。
「気の早い祝いモンだ」
と、置いたコップにシェルーを注いだ。
しばらくして、黒いローブに身を包んだクルドが酒場に姿を見せた。
「クレイシスは寝たか?」
ロンが目で、カウンターにうつ伏せて寝ているクレイシスを示す。
「七杯も飲んだんだ。しばらくは起きないだろう」
クルドが身を仰け反らせて目を丸くする。
「な、七杯だとっ!」
隅のテーブルからラウル。
「怖ぇガキだよ。俺様でさえ三杯で寝ちまうのに、ようやく七杯で寝たところだ」
「ギリギリだった」
と、ロンが空になった瓶を振って見せた。そして、ぽつりと尋ねてくる。
「本当にこれで良かったのか? クルド」
真顔になって、クルドはクレイシスの側に歩み寄った。寝ているクレイシスの髪をそっと撫でる。
「アーチャは俺一人でカタをつける。悪いが二人とも、クレイシスのこと……よろしく頼む」
ラウルが不安げに問う。
「お前が死んじまったらコイツはまた心に傷を残すことになるんだぞ? それでもいいのか?」
フッと微笑してクルド。
「心配するな。俺は死にはしない。だがコイツが側にいると気掛かりだ。だからここに置いていく」
へっと口端を歪めて笑って、ラウルは熊の剥製を深く被った。呟く。
「お前らしい答えだ」
不安の消えない表情を浮かべてロン。
「相手はあのアーチャだ。絶対に真っ向勝負をしようと考えるな。どんなに対等に戦えようとお前は人間だ。死ぬ時は死ぬぞ」
「あぁ、わかっている……」
その言葉にロンは口端を少しだけ緩めると、注ぎ置きしていた一杯のシェルーをクルドの前に置いた。
「『シェルー』は魔女の幻影から身を守る効力がある。必ず飲んで行け」
クルドはそれを手に取って微笑する。
「俺の分まで残っていて助かったよ」
言って、一気にあおった。