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三、彼女の妹【14】



 ◆


「ふ~ん……」

 いつもの酒場にて。

 カウンターに頬杖ついたラウルは、事の全てを聞いて、そう感想を漏らした。

 その向かいでコップを磨きながらロンが口を開く。

「東の大魔女が、お前の心境をずっと気にかけていたとはな」

 磨き終えたコップを置いて、ロンはクルドを戒めた。

「裁判者として失格だな」

「……あぁ。馬鹿だよな、俺は」

 答えて。普段の服に着替えたクルドは、膝の上で寝ている黒猫へと視線を落とした。

「弟子を殉職させちまった後悔ばかりずっと考えていて、止められたはずの悲劇を放置したんだ。

 ……ほんと、俺は裁判者として失格だな」

 すまない。そう呟いて、クルドは黒猫の背中を優しく撫でた。

 ロンが別のコップに手を伸ばし、磨きながら淡々と言う。

「本当にそう思うのであればクレイシス君の気持ちを早く救ってやるべきだ。ワシがお前にやってきたようにな」

「…………」

「復讐に満ちた心を持つ人間の末路は破滅でしかない。それはお前さん自身がよくわかっているんじゃないのかね?」

 クルドの撫でる手が止まった。


 酒場に落ちる沈黙。


 そんな二人の会話を他人事のように聞いていたラウルが、やがて吐き捨てるようにため息をつき、寝ている黒猫を指差して話題を変えた。

「それにしても、クレイシスは一体いつになったら起きるんだ? もう夜だぞ」

 ふと、黒猫の体がもそもそと動き始める。

 嬉しそうにクルド。

「お? ようやくお目覚めになったか」

 黒猫はゆっくりとまぶたを開いた。開口一番に一言。

「……こんがり焼けたローストチキンが食べたい」

 頬杖ついていたラウルの顔がカウンターに落ちる。

 ロンは磨いていたコップを危うく落としそうになった。

 口端を引きつらせてクルド。怒りの鉄拳が黒猫の頭上に炸裂する。

「一生寝てろ」

 吐き捨てて、クルドは黒猫をカウンターの上にポイと捨てた。






「……いや、あれからの記憶が全くと言っていいほど無いんだ」

 と、痛む頭を前足で撫でながら、黒猫はそう言った。

 そこでクルドは、サーシャのことは伏せ、今までの経緯を黒猫に説明した。

「ご苦労様です」

 ぴきっ、と。クルドの口端が引きつる。こめかみに青筋を立て、唸る両拳で黒猫のこめかみをぐりぐりと絞め上げていく。

「元はといえばお前が一番の原因だろうがっ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ぺしぺしと、黒猫がクルドの腕を叩いて解放を要求する。

 ぽつりとロン。

「それよりも、先にやることがあるんじゃないのか?」

 黒猫をぽとりと解放して。クルドは何かを思い出し、席を立った。

「そうだな。早速お前が見つかったことを、あの娘に報告してやらないとな」

 首を傾げる黒猫。

「今から行くつもりなのか? もうこんな時間だし、明日にした方が失礼にならなくていい」

 あのなぁ。クルドは顔に手を当て、疲れきった声でうめいた。

「俺たちがどんなに心配したかわかっているのか?」

 あ。その言葉でラウルが何かを思い出す。

「そういや俺様、昼のスパゲッティを最後まで食っていなかった気がする」

「処分した」

 冷たく、怒りこもった声でロン。

 黒猫は黙ってその二人を前足で示し、ぼそりと一言。

「所詮この程度だ」

 がしりと、クルドは黒猫の首を握り絞めた。凄む。

「ほぉ~。俺の気も知らないでそんなことを言うか? あぁ?」

「ごめんクルド、いやマジで入ってるコレ。ほんと苦しいって、ギブギブ」

 クルドの腕を焦るように何度も叩く黒猫。

 だがクルドは無視して席を立つと、黒猫の首を絞めたまま店のドアへと足を向けた。

 背中越しにロンへ言葉を投げる。

「今からコイツを連れてフレスノール家に行ってくる」

「気をつけて行けよ」

「――って、誰もオレを助けてくれないのかよ! マジで死ぬって、クルド!」

 黒猫の悲痛な叫びは酒場を出ても尚、ずっと続いていた。




 ◆



 フレスノール家の二階回廊。

 タキシード姿のクルドは、シンシアと肩を並べて歩いていた。

 シンシアは口元に手を当て「フフ」と笑った。

「クルドさん。本当は私のお母様のこと、苦手なのでしょう?」

「あ、いや、それは、えーっと……」

 頭を掻いて返答に困るクルド。

 実は先ほど、黒猫の力を借りずに一人で挨拶してみたのだ。結果、やはり庶民は庶民。会話は弾まず雰囲気はぎこちなくなり、結局最後は黒猫が話を締めたのだった。

「隠さなくてもいいのですよ。私、少しばかりクルドさんのことがわかってきましたから」

「参ったなぁ……」

 片手で顔を覆い隠してクルド。

 それを見たシンシアが口に手を当てクスリと笑った。

「クルドさんは本当に純真で心優しいお方なのですね」

「そ、そうか……?」

 照れくさく頭を掻くクルド。一気に顔が紅潮する。

 シンシアの足が止まる。

 クルドもつられて足を止めた。

 向かい合う二人。シンシアの顔が赤く火照っている。

「えぇ。本当にクルドさんはとても心優しい方です。

 私のことを心配してお見舞いに来てくださったり、妹の話し相手になってくださったり、猫一匹にもあんなに愛情かけて必死に探されたり……。

 クルドさんと話していると、とても落ち着けるんです。自分を取り繕わなくてもいいような、話しやすくて、大人の余裕を感じさせる、とても気さくな方なんだな、て……」

 見つめ合う二人。

 もし今この場に絵描きがいたならば、二人の背景を桃色に染め、その周囲に満開のバラを描いていたであろう。

「私、普段はこんなにも話さないのですよ? でもクルドさんと話していると、何でも言葉が出てきてしまうんです」

 言って、恥ずかしそうに顔を俯けるシンシア。

 言葉なく、クルドは片手で口を覆うと、赤らむ顔を上に向けてシンシアから視線を逸らした。


 なんなんだ、この雰囲気は。と、黒猫が口端を引きつらせる。


「どうやらお邪魔のようですね~」

「え?」

 と、クルド。

 そしてショックを受けた顔でシンシア。

「私、お邪魔ですか?」

「いや違う――そうじゃなくて、あの」

 慌てて言葉を繕うクルドをよそに、黒猫はクルドの腕の中から飛び出した。

「あ、おいっ!」

 黒猫を追いかけようと踏み出すが、クルドは急にその足を止めた。黒猫がくるりと振り返ってきたからだ。

 冷たい視線を送る黒猫。

「な、なんだよ、その目は……」

 少し身を引いてクルド。

 黒猫は無言のまま直立すると、お手上げ状態で肩を竦めて首を横に振り、呆れるようにため息を吐いた。

「なっ!」

 ぐわっと赤面してクルド。

 何も言うことなく黒猫は、猫走りでエミリアの部屋へと走っていった。

 シンシアがその後ろ姿を見送りながら、ぽつりと声を漏らす。

「変わった芸をする猫ちゃんなんですね……」

 返す言葉もなかった。





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