三、彼女の妹【12】
一斉に注目が集う。
「キャシー!」
クルドは名を呼ぶと、その女性――キャシーの元へと荒々しく向かった。
「どういうことだ? キャシー。黒猫をどこでどう見たのか説明しろ」
いつになく焦り興奮したクルドに、キャシーがぽかんと口を開けて目を瞬かせる。
「ど、どうしたの? いつものあなたらしくないじゃない」
「いいから言え! どこで見たんだ!」
バン、と。キャシーの座るテーブルを叩く。びくりと怯えるように身を震わせるキャシー。
「な、ななな、なに? どうしちゃったの? いったい……」
宥めるようにロン。
「水を飲んで落ち着け、クルド。そう焦って尋ねるものじゃないだろう。彼女は何も事情を知らないんだ」
「あ、あ~らやぁね、ロン爺ってば。たしかに事情はよくわからないけど何も知らないってわけじゃないわ」
キャシーは少女に向き直ると、当然のごとく尋ねた。
「黒猫って、昨夜あなたと一緒にテラスにいた、あの黒猫のことでしょ?」
「見たのか!」
横から迫るクルドに身を引くキャシー。
「だから、なんであなたがそう真剣に――」
少女がクルドの前に割り込んでくる。そして、いつの間にラウルから回収したのであろう三つの札束を、キャシーの前に置いた。
「これで足りるかしら?」
手を叩き合わせて身をくねらせるキャシー。
「きゃぁん。いっぱいお金ちゃぁ~ん」
言って、札束に手を差し伸べ――掴む前に、クルドはその札束を自分の元へと引き寄せた。
殺気立った目で、キャシーを睨み据える。
「彼女も俺も、本気で黒猫の行方を探している。この金をくれてやるから見たことを言え。全てだ」
キャシーは上目遣いで尋ねる。
「ほんと? ほんとに言っただけでくれるの?」
「あぁくれてやる。だからとっとと言え」
疑わしく目を細めてキャシー。
「そー言っといて、あとで『胡散臭いからダメだ』とか言うんじゃ――」
クルドは激しくテーブルを叩いた。
びくりと身を震わせてキャシーは慌てて話し始める。
「く、黒猫を見たのは単なる偶然よ。
あの夜、いつもみたいにクルドを張り込んでいたんだけど、ウェルタ家に入った途端に見失ったの。しかも運悪くその日は社交パーティだったみたいで、たくさんの犬に追いかけられて無我夢中で逃げたの。そしたらテラスの中庭に出て……。
犬も追いかけて来なくなったし、一番安全なところだと思って隠れていたの」
「いったい何が言いたい?」
「馬鹿にしない?」
「しないから言え」
「そこにいる子が屋敷の中に入った後に、テラスにいた金髪の若い女性が黒猫を抱き上げて、中庭に――こっちに向かって歩いてきたの。私、慌てて逃げようとして」
「それで? 後のことは知らないとか言ったら金はやらんぞ」
「違うの。そうじゃなくて――ほんと馬鹿にしない?」
「だからなんなんだ、さっきから。馬鹿にしないから言え」
「えーっと……その、つまり、なんて言うか……変な話、その女性が私にこう言い残して消えたの。『この黒猫を返してほしければ私のところに直接取りに来るよう、クルドに伝えて』って……。あれ? 馬鹿にしないの?」
周囲の反応を見回すキャシー。
真顔でクルドはキャシーに札束を放り投げた。
「さっきは悪かったな、キャシー」
「え?」
呆然とするキャシー。
「いいの? こんなんで本当にもらっちゃって……も、もらっちゃうよ?」
言いながらも、キャシーはすでに札束を懐に入れていた。
クルドは落ち着き払った様子でキャシーの座るテーブルから離れた。
少女がクルドに駆け寄る。
「何かわかったの?」
問い掛けには答えず、クルドはただ黙って少女の頭をくしゃりと撫でた。
ロンが安堵のため息をつく。
「警告じゃなくて良かったな、クルド」
口端を綻ばせ、クルドは安心した表情をロンに見せた。