三、彼女の妹【11】
ゆっくりとした口調でロンが尋ねる。
「――で? 要は何が知りたいんだい?」
ホッと胸を撫で下ろす少女。
「良かった。やっぱり何でもわかるのね。みんなに尋ねてみて正解だったわ。ウェルタ家にきいたって馬鹿にされるだけだろうし、警察に行っても猫探しなんて協力してくれないだろうから、下町のみんなにきいた方が早いと思って」
「で? 要は何が知りたいんだい?」
ロンはもう一度同じ言葉を繰り返した。
……少し間を置いて。
少女は泣きつくように答えた。
「黒猫ちゃんを探しているの。昨日の夜、ウェルタ家のパーティに来ていてテラスにいたんだけど、急にいなくなっちゃったの。
クルドさんって貴族の家で借金のカタに飼われている、ステイヤ実業家の黒猫ちゃんなの」
思わず首を傾げたくなるような言葉がいくつか含まれていたが、三人はとりあえずそこは聞き流した。
小さい子供をあやすようにロン。
「ふーん。それで?」
「それでね、黒猫ちゃんは言葉もちゃんとしゃべれるのよ。九官鳥みたいに」
ずるり、と。奥でラウルが椅子から滑り落ちた。
どう答えを返していいかわからず、戸惑いながらもロン。
「そ、そうなんだ……ふーん。それで?」
「それでね、黒猫ちゃんはすごく毛並みがいいし血統のある猫だから、きっと誘拐されたんだと思うの。だってね、あのヴァンキュリア公家のクレイシス侯爵が、黒猫ちゃんの子猫たちを人質にとるほどなのよ?」
ブッと、ラウルは思わずスパゲッティを噴き出した。
ぎこちない笑みを浮かべるロン。
「……それで?」
「それでね、頭もすごく良いし、ほんっとに綺麗でかわいい――あ、そうそう、それで思い出したんだけど。
黒猫ちゃんって、とってもキュートでかわいいの。ふてくされた時なんか、前足で両耳を、こう掴んでね、ベッドに倒れて後ろ足をぱたぱたぁってするの。とってもかわいいんだから――あっ、ごめんね。話が逸れちゃったわ。それでね」
「それで、結局、お嬢ちゃんは、何が、知りたいんだい?」
ゆっくりゆっくりと一言一句噛み砕くような言い方で、ロンは少女に尋ねた。
自分でも何が言いたかったのかわからなくなってきたのだろう。きょとんとした表情で、少女は短く答えた。
「黒猫ちゃん」
「お嬢ちゃん、名前は?」
「エミリアよ。フレスノール・エミリア」
影で重いため息を吐くクルド。頭を抱えてうめく。
「貴族が庶民の前で堂々と名乗るか? 普通……」
「誘拐してくださいと言わんばかりだな」
ラウルも呆れるように顔を手で覆ってうめく。
彼らの声が聞こえなかったのか、平然と話を進める少女。
「お金ならちゃんと払うわ。家からいっぱい持ってきたの。ほら」
と、ポシェットから分厚い紙幣の札束を三つ、カウンターに並べ置く。
思わずクルドはカウンターに頭を打ちつけた。
スパゲッティに突っ伏すラウル。
ロンが困り果てた表情で、
「あのね、お嬢ちゃん。命が惜しかったら、こんなところで気軽にお金なんて見せるもんじゃないんだよ」
ちらりと、ロンは札束の横に目をやった。
蛇のごとくカウンターに沿って札束に忍び寄るラウルの右手。
それを何食わぬ顔で、手短にあったビール瓶で叩き潰す。
「ぎゃっ!」
「この地域は怖い怖いハイエナどもがいっぱいいるんだよ。特に今叩き潰した外道が一番危な・い・ん・だ・よ」
語尾部分でぐりぐりと瓶底を回転させる。
さらなる悲鳴をあげるラウル。
少女は構うことなく、ロンに懇願した。
「お願い、お爺さん! お金ならいくらでも払うわ。だから――あたし本気なの! どうしても黒猫ちゃんを見つけなきゃならないの! だって……」
少女はそこで言葉を濁し、ロンから目を背けると、悔やむように下唇を噛みしめた。感情が吐けずにいてか、心境を表すように両手に拳を作り、握り締めていく。
それを見てロンは口元を緩め、少女に告げる。
「『自分のせいでこうなってしまった。もっと自分がちゃんとしてたら、こんなことにはならなかったのに』――と、言いたいんだろう?」
少女はハッとしたようにロンを見た。
「どうしてわかるの?」
「ここなら何でもわかる。だからお嬢ちゃんはここに来たんじゃなかったのかね?」
と、ロンは笑みを浮かべ、肩を竦めて見せた。
少女の表情に笑みが戻る。
「うん」
「いいだろう。その依頼引き受けよう」
言って、ロンはカウンターに置かれた三つの札束を手に取り、ラウルの目前に放った。
「仕事だ、ラウル。あの馬鹿弟子はアテにならん。アレを刺激しないようギリギリラインで人海作戦を行い、黒猫を見つけ出せ。けして散り散りにならんよう気をつけろ」
アレ。――ロンは魔女をそう表現した。
ラウルは三つの札束を握り締めて、不敵に笑う。
「へっ。そうこなくっちゃな」
と、親指で鼻をこすった。
「――私、知ってるわよ。その黒猫の行方」
いつからいたのだろう。癖のある長い朱髪を後ろで一つに束ねた三十代の女性が、けろりとした顔で窓際の席に座っていた。