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三、彼女の妹【9】



「あれ? 黒猫ちゃんとお姉ちゃんがいなくなっちゃった」

 しばらくして。食べ物を盛った皿を両手に、エミリアはテラスに戻ってきた。

 誰もいないテラスに一人、呆然と立ち竦む。


「エミリア?」


 ふと、背後から声を掛けられ、エミリアは怪訝な表情で振り返った。

「……お姉ちゃん?」

 頭上に疑問符を浮かべて。

 互いに互いを、驚いた眼差しでしばし見つめ合う。

 最初に沈黙を破ったのはシンシアだった。

「何をしているの? そんなところで。それにその食べ物……」

 と、エミリアの手の上にある皿を指差す。

 顔をしかめてエミリア。

「え? だってあたし、食べ物持ってくるから黒猫ちゃんと待っててって言ったじゃない」

 目をぱちくりさせるシンシア。首を傾げて問い返す。

「私、そんなこと聞いてないわよ?」

 エミリアは激しく首を横に振った。

「そんなはずない! あたし、ちゃんとここで間違いなくお姉ちゃんに言ったんだから!」

「何を言っているの? エミリア。私はずっとお母様と一緒に、広間でウェルタ家にご挨拶していたわよ。誰かと間違えたのじゃない?」

 苛立たしく地団駄を踏んで、エミリアは声を荒げて言い返した。

「絶対そんなはずない! あたし、ちゃんとお姉ちゃんに言ったんだから!」


「なんです? 騒々しい」


 お母様、と。シンシアとエミリアは声をそろえた。

 厳しい顔つきで母親。二人を睨みやる。

「喧嘩なら家でなさい。フレスノール家の女がみっともない。それにエミリア。なんです? その両手の食べ物は。女性として恥ずかしくないのですか?」

 しゅんと項垂れて、エミリアは口を尖らせて言い訳する。

「だってお姉ちゃんと黒猫ちゃんの分も……」

「ごめんなさい、お母様。私が悪いの。エミリアとここで食べようと思って――」

「庇うのはおやめ、シンシア。さぁ、行きますよ。まだウェルタ家とのご挨拶が途中だったでしょう? ――エミリア、あなたはもう十五なのですよ? いつまでも子供じみたことはしてないで、何も言われずともご挨拶の時は私の隣にいることくらいの常識を」

 シンシアが慌てて止めに入る。

「お母様、もうそのくらいでいいでしょう? みんながこっちを見ているわ」

 母親は周囲の視線を気にするように口をつぐんだ。咳払いして胸を張り、周囲の視線を目で蹴散らす。

「シンシア。あとでエミリアを連れて私のところへいらっしゃい。先に行っているわよ」

 シンシアは母親の無言の要点を理解して頷き、エミリアの元へと駆け寄った。

「その食べ物は使用人に渡して、私と一緒に行きましょう。エミリア」

 エミリアは首を横に振った。

「黒猫ちゃんがここにいたの。お腹をすかせていたから……」

「じゃ、その皿はそこに置いてきなさい。待っているから」

 エミリアは頷いて、両手の皿を黒猫がいた場所に置くと、シンシアとともに広間へと入っていった。




 ◆



「――え? 黒猫ちゃん、おじさんのところにも帰ってきてないの?」

 翌日。

 パーティ会場で会うことのなかった黒猫を訪ねて、クルドはフレスノール家に赴いた。

 客室に招かれ、中で待っていた夫人とシンシア、そしてエミリアとの挨拶もほどほどに、クルドは黒猫の行方を尋ねると、エミリアからそんな答えが返ってきた。

 クルドに戦慄が走る。

「な、なんだと? そっちと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」

 エミリアは不安の色を浮かべたまま、無言で首を左右に振った。

 シンシアが口を開く。

「そういえばエミリア。あの時テラスで黒猫ちゃんがどうとか言ってなかった?」

 夫人が呆れるように口元に手を当て、ため息を漏らす。

「まぁエミリア。あなた、クルドさんからお預かりしていた猫ちゃんをパーティに連れてきていたの?」

 エミリアは泣きそうな顔で激しく首を横に振った。

 クルドが慌てて庇う。

「いえ、違うんです。彼女が連れてきたわけではなく、俺が連れてきたんです。あの猫とは家族同然の暮らしをしてきたもので、つい寂しくて連れてきてしまって……。てっきり彼女たちがいたのを見つけて、いなくなったのだと思っていたものですから」

 夫人は口に手を当てたまま同情する。

「まぁ、それはお気の毒に……」

 クルドは続ける。

「あの猫には会場内にいるよう、ちゃんと(しつけ)てはいたのですが――」

「黒猫ちゃん、テラスにいたの」

 エミリアが口を挟む。

 クルドは一瞬、時を止めた。そして怪訝な顔で問い返す。

「――なに? テラスにだと?」

 エミリアは頷く。

「そう。でも、あの時なにか変だったの」

「変? どういうことだ?」

 シンシアが自分を示すように胸に手を当て、口を挟んでくる。

「私を見たと言うんです。でも私は、ずっとお母様と一緒に広間にいたのに――」

「本当よ! 本当にお姉ちゃんだったの!」

「エミリア」

 夫人の一喝に、エミリアはびくりと身を竦めた。

「いい加減になさい。シンシアは私と一緒にいました。あなたの見間違いです」

「でも――」

「ちょっと待ってくれ」

 クルドが二人の会話を制した。エミリアへと顔を向け、

「なぁエミリア。その時の事、詳しく聞かせてくれないか?」

 しかし、と夫人。

 クルドは夫人の言葉を手で制して、

「彼女の話を聞けば、何か手がかりが見つかるかもしれません」

 口をつぐみ、身を引く夫人。

 あっ、と。エミリアが何かを思い出す。

「そうよ。そういえばあの時、テラスに二人の若い男女がいたわ」

 クルドの顔が強張る。

「二人? テラスにいたのはそれだけか?」

 エミリアが首を縦に振る。

「みんなが一斉に、わぁーっと中に入っていった時があったの。あたしと黒猫ちゃんとその若いカップル二人だけの時にお姉ちゃんがテラスに来て――」

 言葉半ばに、クルドは舌打ちして急いで部屋を飛び出して行った。



 客のいなくなった客室で。



 シンシアと夫人は心配そうに顔を見合わせた。

「お母様、私心配になってきましたわ。ウェルタ家にご連絡してみてもいいかしら?」

「そうね。でも、なるべくご迷惑のかからないようになさい」

「はい」

「あたし――」

 少し間を置いて。エミリアはクルドの出て行った方へと目を向けた。意を決した表情で、

「あたし、黒猫ちゃんを探してくる!」

 夫人の制止を無視して、エミリアは部屋を飛び出した。




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