三、彼女の妹【1】
彼女――フレスノール・シンシアはあの日以来、もう窓に立つことはなくなった。魔女が彼女を諦めたとは考えにくいが、彼女が接触を止めたと考えれば納得がいく。
安堵する一方で、影ではある噂が囁かれ始めていた。
ヴァンキュリア・サーシャの一件があってか、シンシアのことが噂好きの貴婦人たちの間で広まったのである。
シンシアに対する世間の目はとても冷たかった。体調は元気であっても心までは癒せていないようだ。心配になって見舞いに来たクルドと黒猫に、シンシアは涙を流した。見捨てないで会いに来てくれたからであろう。彼女の涙にはクルドも黒猫も会わせる顔がなく、気まずく逸らすしかなかった。
本当の事情なんて……言えない。
◆
「――ってかさ、おじさん達ってお姉ちゃんのあの涙を見ても何とも思わないわけ?」
彼女の妹――フレスノール・エミリアは、相変わらず窓から現れた。
ここは二階の来客用宿泊部屋である。クルドと黒猫がその部屋に入り、しばらく寛いでからのことだった。
今日のエミリアの衣装は、白いレースの入ったピンクのひらひらドレス。これもまた相変わらず泥であちこちが汚れている。それでいて今日もまたうるさく、ぴーちくぱーちくと小鳥のさえずりのようにクルドに話し掛けてくる。
「――ってことで、ね? だからってわけじゃないけど、そういうことで、どぉ? この際だから本気でフレスノール家の婿養子に来ない?」
養子に来い、と言われても。おじさんこと―― クルドは期間限定の貴族。婿養子にすれば、間違いなくフレスノール家は潰れる。
ベッドの上で毛繕いをしながら黒猫が答える。
「それは君が言うべきことじゃない。君の父親がクルドと話し合って決めることだ。商談の素人が下手に口出しすると、後で取り返しのつかないことになるぞ」
「あら。パパもお母様もこのことには乗り気なんだけど」
黒猫は鼻で嘲笑った。皮肉げな口調で、
「親交程度の付き合いならまだしも本気で婚約の日取りを決めようとしているなら、オレは君の父親の力量を疑うね。ステイヤを原料としたラッツァテリオは今から需要が下がっていくというのに、そこの実業家と結婚するなど共倒れもいいとこだ」
「だったら黒猫ちゃんがウチの婿養子に来ればいいじゃない」
「はぁ?」
黒猫は思いっきり顔をしかめた。