二、狙われた彼女【17】
黒猫が眉間にシワを寄せ、クルドに尋ねる。
「なんて書いてあるんだ? これ」
その言葉に反応したラウルが、悪ガキのごとく舌を見せ、
「へっへーんだ。てめぇ、貴族のくせに字も読めねぇの痛っ!」
クルドに額を叩かれて、ラウルは額に手を当て押し黙った。
いつになく真面目な口調でクルドが答える。
「ここに書かれてあるのは魔術文字だ。魔女裁判を継いだ者しか読めない特別な文字だ」
「じゃ、オレが見ても意味がないってことか」
「そういうことだ」
「ラウルは読めるのか?」
「アイツは魔女裁判を継いでいない。だから当然、この文字は読めない」
黒猫はすぐさまラウルに舌を見せて、
「へっへーんだ」
「真似るな」
「痛っ!」
黒猫も叩かれた額に手を当てて押し黙る。
そんな一人と一匹を無視して、クルドは淡々と話を進めていった。
「今回相手とする魔女は、東の魔女アーチャだ」
首を傾げて黒猫。
「東の魔女?」
「東・西・南・北。魔女はどこの出身かによって扱う能力が様々だ。例えば今回相手にする東の魔女は邪悪な暗黒魔術を駆使してくる」
「暗黒魔術?」
「それを言葉で説明するのはちと難しいんだが――要するに神教学の本に出てくる悪魔みたいな存在だと思ってくれればいい。
例をあげれば、人間に幻覚を見せたり、死者の魂を使って傀儡を生み出したり、誰かに変身したり、邪悪な力を使って建物なんかを壊したり等々――とまぁ、事例の一角を話せばそんなところだ。
ちなみに、この本に載っているほとんどの奴らがAからSSの力を持つクラスだ。不死身の上に暗黒魔術の――しかも最強級を駆使してくる。俺がさっき言った『常に死と隣り合わせ』とはこのことだ。半端な知識と覚悟は死を招く」
「その『アーチャ』って魔女は強いのか?」
「アーチャは東の大魔女の直弟子だ。強さはSクラス。侮れる相手じゃない。アーチャが本気を出せば、俺は一撃であの世行きとなる」
口笛を吹くラウル。
黒猫は不安そうに耳を伏せ、
「阻止することは可能か?」
「さぁな。言葉で表すほど簡単に止められる相手じゃない。標的はシンシアだけとは限らんしな。お前も、一応気をつけろよ」
「え? なんでオレまで――」
「お前が助かった理由は単純だ。お前の魂を今は必要としなかった。ただそれだけだ」
ラウルが黒猫をからかう。
「喰ってもマズそうだしな」
「なんだと!」
「いい加減にしろ、二人とも! これは笑い事じゃないんだぞ!」
クルドの叱責に、ラウルと黒猫は口を閉じた。
「いいか。魔女がクレイシスの命を救ったのは『今は必要としなかった』からだ、『今』は!」
ごくり、と。黒猫は生唾を呑み込んだ。
ラウルが重々しく口を開く。
「つまり、二度目の奇跡は起きないってことか……」
クルドはラウルを睨みやった。指を突きつけ、
「ラウル。お前にも同様のことを言っておく。魔女を見くびるな。今回の敵はSクラス。敵と見なされればお前だって殺されるんだぞ」
気まずく顔を逸らしてラウル。
「あぁ。わかっている」
クルドは黒猫へと視線を移した。指を突きつけ注意する。
「お前も少しは事の重大さを理解しろ。いいな?」
黒猫は目を伏せて、黙って小さく頷いた。
クルドは二人に向け言い放つ。
「相手は魔女だ。理の通用しない化け物だ。一度手を出せば後には引けない。わかったな? 二人とも」
黒猫は真っ直ぐクルドを見据えた。真剣に、
「後に引く気は更々ない」
クルドは微笑して、
「言うと思っていたよ」
黒猫の頭を乱雑に撫でた。