二、狙われた彼女【14】
石畳の階段を登り、二人分しかないフロアスペースで足を止める。
クルドは手持ちのランプで先を照らした。照らす先には木製の古びた――ドアノブも何もついていないドアがあった。
そのドアを静かに押し開ける。
ドアは軋み音をたて、ゆっくりと開いていった。
開いていくドアの隙間から差し込む部屋の光。眩しいその光を手で遮って……。
開かれた先は、現実とはかけ離れた夢の世界だった。
窓も何もない密室の木造の部屋。明かりも陽光も無しに、この部屋は日中のごとき明るさを維持していた。部屋の中では、どこからか流れてくるゆったりとした円舞曲に合わせ、ドレス姿のかわいい人形達がくるくるとダンスを踊っていた。他にも飛び回る玩具の気球船や玉乗りしているピエロの人形、子犬のように駆け回っている象のぬいぐるみ。ふわふわ浮いたシャボン玉。もくもくと宙を漂う、絵に描いたような小雲があった。
部屋はそう広いわけではない。――いや、実際は広いのだろうが、溢れんばかりの不思議な玩具に狭く感じる。
クルドの足元にいた黒猫が、好奇心にぱたぱたと尻尾を振って、感動の声を漏らす。
「うわぁ……」
「へ?」
「は?」
黒猫の意外な反応に、クルドとラウルは共に目を点にして、間の抜けた声を出した。
黒猫は青い瞳をキラキラと輝かせた。そしてクルドの足を押し退けて、我先にと部屋の中へと入っていく。そのまま真っ直ぐ、揺れ動く不思議な玩具へと興味津々に駆け寄っていった。
ラウルが呆れるように肩を竦める。
「ガキか、アイツは」
クルドは軽く笑って、
「まだ十五だ」
「もう十五だ」
すぐにラウルが訂正する。
しかし、クルドは首を横に振って、
「いや、まだ十五だ。十五なんだよ、アイツは。俺たちの半分も生きていない、まだ子供なんだよ」
その言葉でラウルはようやく認める。腕組みしてため息をつき、
「まぁな。そう言われると『まだ』か。だが、もう子供の世界から離れていい歳なんじゃないのか?」
「子供の頃に子供らしい生活を送った奴は、な」
言って、クルドはそっと目を伏せた。声のトーンを落とし、
「アイツの場合、子供でいる時間がなかったのかもしれないな。友達と遊ぶ庶民の子供を見ているアイツの姿を見かけた時、そう思った」
「五歳で伯爵か。羨ましい人生だが反面、影での苦労も多いってことだな 」
「なぁラウル。このままクレイシスをこっちで引き取っちまわないか?」
「情が移ったか? クルド。アイツにはアイツの、お前にはお前の、生きる世界ってもんがある。――そう言ったのはお前だっただろうが」
少し笑ってクルド。
「そうだな。だが本来、子供ってのは好奇心旺盛な、やんちゃなガキであるべきなんだ」
「本気でクレイシスを家に帰す気があるならとっとと帰せ。お前ができないんであれば、俺様が二度と屋敷から出られなくなるよう庶民の現状ってやつをトラウマになるほど叩き込んでやるぞ。自分が歩く身代金だってことをな。
手に負えなくなったらいつでも俺様に言え。アイツの才能をここで潰すわけにはいかんだろ?」
フッと笑ってクルド。
「あぁ。そうだな」
二人は黙って黒猫を見つめた。
お辞儀する人形を不思議そうに首を傾げて見ている黒猫。
ラウルが口を開く。
「死んだ姉の為に全てを投げ出すとはな。貴族ってのはよくわからん」
クルドはラウルを睨みやった。半眼で、
「お前も他人のことは言えないんじゃないのか? 頭領と家庭、どっちを取るかで一騒動起こしたことがあったよな?」
「お前が死んだ愛弟子のせいで『魔女裁判』の調子が狂っちまったようにか?」
真顔で返してきたラウルに、クルドは口をつぐんで顔を背けた。しばらく間を置いて、声を沈ませ答える。
「……あぁ、そうだ」
ラウルは部屋の中を見回して、
「まだ片付けてなかったんだな。マナが死んだあの日から」
「あぁ」
心無く返事をするクルド。
ラウルはクルドの肩を軽く二度叩いた。
「心の整理、ついたんじゃなかったのか?」
言い残し、ラウルは部屋に入っていった。