二、狙われた彼女【13】
場所を、盗賊のアジトへと移動する。
隠されていた地下への階段を降り、人工的に掘られた地下水路へと出る。ここの水は透明に澄んでいた。というより、そもそもこの道は盗賊達が緊急避難通路として造った道である。――ちなみに、この道の出口は裏山の洞窟となっている。出るつもりはないが。
風の通りもあり、微かに新鮮な森の香りがした。
避難用のこの通路、意図的に迷路のような構造をしており、あちこちに分岐がある。
片手にランプを持ったラウルを先頭に、その後ろをクルドが黒猫を頭に載せ、本と短剣を持って歩いていた。
それにしても、と。ラウルが突然話を切り出す。
「ロン爺の奴、いまだ魔法陣が使えたとはな。まだ現役でいけるんじゃないのか?」
クルドは首を横に振り、答える。
「復帰は無理だ。もう魔女の姿が見えないらしいからな。それに年齢を重ねるにつれ、魔術を使った後の疲労もかなり大きいそうだ。老化ってもんは怖いもんだぜ」
「魔女が不老不死なんて、絶対卑怯だよな」
「人間が魔女に関わるなと言われるのはそこだ。魔法も向こうが遥かに上だしな」
「お前の後継者問題はどうなってんだ?」
「今のところオカルト協会の上層部に任せている」
「まともな奴が来てくれることを願いたいもんだ」
ぴちゃん、と。水の跳ねる音が地下に響く。
「なぁ……オレが後継者になったら、やっぱりダメかな?」
遠慮がちに問い掛けてくる黒猫に、クルドとラウルは半眼になって口を揃える。
「「まともな奴が来てくれることを願いたいもんだ」」
「どういう意味だよ、それ」
「あったぞ、クルド」
ラウルは足を止めた。顔辺りの高さに描かれた、上を向く黒矢印。
「矢印?」
と、黒猫は矢の向く先――暗闇の天井を見上げる。
それを見て、クルドは微笑した。
「俺の家の入り口だ」
眉間にシワを寄せて黒猫。
「ここは酒場の真下なのか?」
「あれはただの宿だ。ここが正真正銘、俺の家だ」
「家?」
持ってろ、と。クルドは本と短剣、黒猫をラウルに手渡す。
交換にランプを受け取って、クルドはその矢印に右手をかざした。
矢印が反応する。水に浸した絵の具のごとく、形を崩して広がっていく。五紡星と奇妙な文字、それらを囲む円。
「魔法陣……?」
黒猫の呟きにクルドが答える。
「まぁな。酒場にあったのとはちと違うが」
「クルドも魔法が使えるのか?」
お手上げして、クルドは肩を竦めた。ロンの口真似をして、
「種も仕掛けもあるただの手品さ」
ラウルがげんなりと声を落とす。
「うげぇ、似てねぇー。俺様の方が上手だな」
「お、言ったな? じゃやってみろよ」
ふざけ合う二人をよそに、黒猫は口元に前足を当て、真剣に考え込んだ。
クルドはそんな黒猫の様子を見て微笑し、その頭を乱雑に撫でた。
「お前をこの世界に引き込むわけにはいかないんだよ。そう深く考えるな」
言って、黒猫の頭から手を退けると、その手の指でパチンと鳴らした。
すると、壁だったはずの場所がスライドしていき、入り口のような空間が生まれる。そこには地下へ降りてきた時同様、上へと通じる階段があった。