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二、狙われた彼女【12】



  ◆


「――人間に戻ったらしいな、クレイシス」

 酒場にて。

 魚の骨をくわえた盗賊の頭領――ラウルはテーブルに足を組み置き、椅子をぎしぎしと揺り動かしていた。

 カウンターで毛繕いしながら黒猫が答える。

「一時的にな」

 ひゃはは、と馬鹿にしたように黒猫を指差して、ラウルは腹を抱えて笑った。

「だーめだ、こりゃ。これじゃヴァンキュリア公家にバレるのも時間の問題だぜ。なぁ、クルド」

 黒猫の隣――カウンター席の椅子に腰掛けていたクルドが呆れるように半眼で呻く。

「笑い事じゃないはずだろう? ラウル」

 その言葉にぴたりとラウルは笑うのを止めた。

「……たしかに」

「なぁ、ラウル」

 黒猫の呼び掛けにラウルは顔を向ける。

 黒猫は思いつめたような顔で、

「屋敷の三階窓からコンクリートの地面に落ちてもかすり傷程度で済むって……やっぱり変だよな?」

 お手上げして肩を竦めるラウル。

「さぁな。俺様、空から落ちたことはあっても屋敷の窓から落ちたことはない」

 クルドが頬を引きつらせ、

「オイ。今、『空から』って言わなかったか?」

 ラウルは椅子の揺れを止めた。いつになく真剣に、黒猫へと問い掛ける。

「窓から落ちた時、一瞬、意識が途切れたような感覚じゃなかったか?」

 ハッとする黒猫。

「な、なんでそれを……!」

 クルドが話に割り込む。

「どういうこった?」

 ラウルは微笑した。テーブルから足を退け、重い腰をあげて立ち上がると、クルドの側へと足を進める。

「二年前のトーテル伯家の事件で、気球船を使った時があっただろう?」

 ラウルはクルドの隣の席にどっかりと腰を下ろした。

 クルドが頷く。

「あぁ」

「実はそん時、魔女が俺様をそこから突き落としたんだ。空だぜ? 空」

 言って。ラウルは天井を指差した。

 顔をしかめるクルド。

「そんな話、聞いてないぞ?」

「あぁ言っていない。俺様もあの時の出来事はさっぱりだ。説明のしようがない。落ちたことはわかったんだが、一瞬意識を失ったような感覚で……気がついた時には地面に寝転がっていたんだ」

 黒猫が身を乗り出して、

「そうだ、確かにオレもそんな感じだった。一瞬だったんだ。なぜ、いったいどうやって助かったのかがわからないんだ」

 クルドは顎に手を当て、唸り考え込んだ。

 カウンター越しで黙ってコップを磨いていた亭主が、ふとその重い口を開く。

「空間転移ってやつじゃないのか? 魔女が得意とする魔法の一つだろう?」

 しかし、と。クルドが亭主の言葉に意見する。

「それは魔女が自分に対して使う技だ。人間に対して使われることはない」

 亭主は磨いていたコップを静かに置いた。

「だがもし、魔女が人間に対して空間転移を行うとしたら、条件は一つ」

 クルドが呟く。

「魔女の望まざる死、か……」

 亭主はラウルへと目を移す。

「ラウル君の場合は予定(リスト)外の魂狩り。おそらく、魔女同士の内輪もめというべきかな。魔女の個人的な感情でラウル君の魂を狩っても使い道がないからな。だから助かった」

 肩を滑らせるラウル。

「俺様の魂は資源ですらないってことか?」

「ま、そういうことだろう」

「オイ」

「それで――」

 と、亭主は黒猫へと目を移す。

「クレイシス君の場合は、欲していた魂と望まざる魂とが一緒になっていた。邪魔された――つまり、『守られていた』というべきかな」

 黒猫が口を開く。

「だから助かったというのか?」

「そういうことになる」

 それじゃ――! と、黒猫はカウンターを飛び越えるような勢いで亭主に迫った。

「一年前のあの時、オレが姉さんと一緒に落ちていれば、姉さんは助かったというのか?」

 真顔で亭主。

「その答えが聞きたいかね?」

 問われ、黒猫は静かに顔を伏せていった。声を沈ませ答える。

「……いや、ごめん。やっぱりいい」

 亭主は無言で手短にあった別のコップへと手を伸ばした。

 そのまま黙って磨き始める。

 気まずく口を閉じるクルドとラウル。

 静まり返った酒場を、コップを磨く音だけが響き渡った。



 しばらくの間を置いた後、クルドは黙って黒猫を抱き上げた。膝の上に置いて、その頭を優しく撫でながら、

「ロン。悪いが魔女狩りの武器と本、返してくれないか?」

 キュ……。亭主――ロンの磨いていた手が止まった。

 ラウルが口笛を吹く。

「ようやく本気になりやがったな、クルド」

 ロンは鋭い眼差しでクルドを睨みつける。

「相手は魔女だ。半端な心は死を招くぞ」

 クルドはロンを睨み返す。

「わかっている。もう一度、俺に仕事をさせてくれ。師匠」

「……師匠?」

 黒猫が驚いた表情でロンを見やる。

 フッと、ロンは不敵に笑った。

「ようやく面が昔に戻ったようだな」

 指を鳴らす。

 すると虚空から、クルドの前に一冊の分厚い黒表紙の本と短剣が一本、落ちてきた。

 黒猫がロンを見て怯え、クルドの胸にしっかりとしがみつく。

「な、なんだよお前――実は魔女だろ!」

 ロンは好々爺とした笑みを浮かべる。種明かしでもするかのように天井を指差して、

「種も仕掛けもある、ただの手品さ」

 二人と一匹は天井を見上げた。そこには炭で描かれた小さな魔法陣が一つ、存在していた。




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