二、狙われた彼女【11】
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クルドの言葉で黒猫はようやく自分の前足をじっと見下ろす。
しばらく見つめた後、
「……猫だ」
「見ればわかる」
黒猫はクルドを見上げた。
「なんで?」
「俺に聞くな」
「オレが何をした?」
「知るか」
吐き捨てて。クルドは疲労のため息とともに体を後ろに倒し、ごろりとベッドに寝転んだ。
もう一度ため息をついて、しばし呆然と天蓋を見つめる。
そして、クルドはぽつりとクレイシスに問い掛けた。
「こんなことしたって、お姉さんはもう戻ってこないんだぞ?」
「わかっている」
しっかりとした声で黒猫はそう言葉を返してきた。
少しの間を置いて。
クルドは誰にでもなく呟きを落とした。
「お前も、昔の俺と同じことを言うんだな」
しばらく天蓋を見つめた後――クルドはフッと笑いをこぼした。急に気分を一転させてノビをすると、わざとらしい口調で続ける。
「あ~ぁ、せっかく解放されたと思った矢先に猫に戻りやがって。これじゃいつまで経ってもこのクソガキと縁が切れねぇじゃねぇか」
「え……?」
呆然と見上げる黒猫に、クルドは身を起こして微笑した。
「さっきは悪かったな」
きょとんとした顔で黒猫。
その黒猫の頭を乱雑に撫でて、クルドはニカリと笑った。
「このまま魔女に嘗められるのも癪だしな。特別にちょこっとだけ手伝わせてやるよ。
――魔女裁判ってやつを」
黒猫の表情が綻ぶ。
「クルド……」
黒猫は嬉しそうに尻尾を振ってクルドの胸に飛び込んだ。
「痛ぇっ! お前今、爪立てただろうが!」
ごろごろと機嫌良く喉を鳴らす黒猫に、クルドも思わず表情が綻ぶ。ぽんぽんとその頭を叩きながら、
「今回だけ特別なんだからな。わかっているのか?」
「ねぇねぇ、『まじょさいばん』って何?」
――びくっ!
クルドと黒猫は飛び上がるほども身を震わせた。慌てて部屋のドアに目をやるが、当然ドアは開いていない。
「だからこっちだってば、こっち」
少し苛立たしげな少女の声。
クルドと黒猫は脱力気味に窓へと目を向ける。
やはり少女――エミリアは窓に座っていた。まるで友達に挨拶でもするかのように親しみある元気な声で大きく手を振って、
「はろハロー!」
意味があるのか無いのか、よくわからない言葉だった。エミリアは今日も朝っぱらから、いきなりテンションを上げてきた。小鳥のようにピーチクパーチクと堰を切ったように話し始める。
「ねぇねぇ『まじょさいばん』って何なの? なんだかすっごく興味が沸いて――」
「また来た……」
「あぁ。また現れたな、神出鬼没のピーチク娘」
黒猫とクルドは、朝から疲労のため息をついた。
エミリアはぷぅと頬を膨らませる。
「なによなによ、あたしが来るのがそんなに不満なわけ?」
クルドが無言でドアを指差し、黒猫が口を開く。
「ドアから入ってくれば問題ない」
「あ、そぅ」
軽く流して。エミリアは床に着地すると、きょろきょろと見回しながらクルドに尋ねる。
「ねぇねぇおじさん。随分歳の離れたおじさんの弟はどこに行ったの?」
怪訝に首を傾げる黒猫。
「弟?」
クルドは慌てて言い訳する。
「あー、いや、そのことなんだが……実は急に用事を思い出したらしく、さっき帰ってしまったんだ」
「あの高さから落ちたのに?」
「あぁ大丈夫だ。怪我もかすり傷程度だし、日常やっていることだから気にするな」
「日常的に窓から飛び降りているってこと?」
一瞬。クルドの脳裏を、あははと笑いながら愉快に窓から飛び降りるクレイシスの姿が過った。
半眼でクルド。
「いや、そりゃ普通死ぬだろ。そうじゃなく、怪我が日常だと言ったんだ」
「おじさんの言ってる事よくわかんないからもういいや」
無言で拳を振り上げるクルドをよそに、エミリアは楽しそうに胸の前で手を叩き合わせた。
「ねぇねぇそれより、『まじょさいばん』って何なの?」
すぐさま黒猫が答える。
「童話の話だ」
「なぁーんだ、つまんないの」
好奇心な目を曇らせてエミリア。
黒猫が尋ねる。
「そんなことより、シンシアの具合は大丈夫なのか?」
あ! と何かを思い出したらしく、エミリアは手を打った。黒猫を指差し、
「そういえば黒猫ちゃんって、今までどこにいたの?」
無言で速攻。クルドは黒猫の頭上に肘打ちを見舞ってベッドに沈めた。答える。
「さぁな。今朝帰ってきたばかりだ。かわいいメス猫ちゃんでも見つけてデートしてたんじゃないのか?」
「かわいそう。欲求不満なのね」
「だからどこで覚えてくるんだ、そんな言葉を!」
えへへ、と笑ってエミリア。
「気にしない気にしない。――あ、そうだ。それとついでに、お姉ちゃんがさっき目を覚ましたの。見舞いに来る?」
「「ついでかよ!」」
クルドと黒猫は同時にツッコミを入れた。