二、狙われた彼女【8】
※ すみません、前書きに失礼します。
ご登録いただきました名も無き一名の方に、この場をお借りしまして心からお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
「――だから。心配しなくても大丈夫だってば。あたし、パパにだってちゃんと説明できたんだよ?」
まるで連行される囚人のようにエミリアに手を引かれて、クルドは重い足取りで歩いていた。その傍らを黒猫が歩く。睨むようにクルドを見上げて、
「『足掻きが取れない』って言葉、知っているか?」
「うるせぇ」
力無く言い返すクルド。
「純粋な子供に弱いタイプだろう?」
「うるせぇ。俺はただ、この子がシンシアにどう説明するのか気になっただけだ」
「『開けて悔しき貰い箱』って言葉、知っているのか?」
「身も蓋も無ぇな、その言葉。――おっと」
急にエミリアが立ち止まったことで危うくぶつかりそうになるクルド。
エミリアは黒猫を抱き上げて、
「ここがお姉ちゃんの部屋よ」
開けなさいよとばかりに、すぐ側の繊細な彫刻の入った渋い扉を顎で示した。
クルドは自分に指を向ける。
「俺が開けるのか?」
立腹のエミリア。短くため息をついて、
「女に扉を開けさせるなんて最低。おじさんってホント、紳士じゃないのね」
「わかったよ、開けりゃいいんだろ? 開けりゃ」
やけくそにクルドはノブへと手を差し出した。
エミリアに手を叩かれる。
「痛っ!」
「部屋に入る前はノックが常識よ、おじさん」
そう言って、エミリアは扉を軽く二度ノックした。
扉の向こうから聞こえてくるシンシアの声。
「はい」
「お姉ちゃん、あたしよ。エミリアよ。入っていい?」
少し間を置いた後、
「どうぞ」
扉の向こうからシンシアの言葉が返ってくる。
しかし、エミリアはその言葉に小首を傾げた。
「あら? 変ね。いつもは『待ってて』って、お姉ちゃんから開けてくれるのに……」
黒猫が声を荒げる。
「いいから早く開けろ!」
驚くエミリア。
「ど、どうしたの? 黒猫ちゃん」
クルドも唖然とする。
「ど、どうしたんだ? お前、急に……」
何もしない二人に苛立ってか、黒猫はエミリアの腕から身を乗り出して前足でノブを掴んだ。
しかし、猫の手では思うようにノブが回らない。
黒猫は泣きそうな声を上げた。
「くそっ! なんなんだよ、この手は! 頼む、開いてくれ」
エミリアが黒猫を引き寄せる。
「大丈夫よ、黒猫ちゃん。慌てなくてもお姉ちゃんが開けてくれるわ」
「クルド!」
懇願する思いで黒猫はクルドを見やった。
ただ事ではない黒猫の様子に、クルドの表情も真顔になる。
クルドはノブへと触れた。
エミリアが再びその手を叩く。
「変態。お姉ちゃんが着替え中だったらどうするの?」
「オレを信じろ、クルド! 扉を開けろ!」
「もう! 暴れないで黒猫ちゃん」
「クルド!」
クルドはノブを回した。
内鍵がされておらず、扉はあっさりと開いていった。
エミリアが非難の声を上げる。
「あー! ちょっとなに勝手に――」
クルドを押し退けてすぐに、部屋の中にいる姉へと知らせる。
「お姉ちゃん! 今、変態おじさんがお姉ちゃんの着替えを覗きに――」
言葉が尻すぼみになって消えていく。
月明かりの差し込む暗闇の部屋に、浮かび上がるようにして開かれた窓。その窓から吹き込む夜風がカーテンを優しく揺らしていた。そして、窓枠に立って夜空を見つめる、ネグリジェ姿のシンシア。
エミリアは呆然と力無く、黒猫を床に落とした。