二、狙われた彼女【7】
手を叩いて喜ぶエミリア。
「やったぁ! じゃ、まず始めに何すればいい?」
その質問にクルドの腹の虫が答える。腹に手を当て、
「じゃ、まず手始めに肉を持ってきてくれ」
「どうやって?」
と、半眼で黒猫。
エミリアは人差し指を立てて上機嫌に、
「だったら今から四人で一緒に食事しない?」
「四人?」
首を傾げるクルド。指で数える。黒猫を人数に入れたとしても、どうしても一人多い。
「あと一人は?」
「お姉ちゃん」
クルドの問い掛けにエミリアは即答した。
「お姉ちゃんも夕食に来なかったの。だから四人で一緒に食事しない?」
「それは無理だ」
クルドは断った。
首を傾げるエミリア。
「どうして?」
「この際はっきり言おう。俺はテーブル・マナーってやつがわからない」
「あら、いいじゃない。あたしもわからないから大丈夫よ」
顔をしかめて黒猫。
「はぁ?」
飄々とエミリアは答える。
「堅苦しいことはしない主義なの。ナイフで切ってフォークで刺して食べる。おいしい食事はおいしくいただく。それが食事の基本でしょ?」
呆れ顔でため息を漏らす黒猫。
クルドが笑う。エミリアの頭をぽんぽんと叩いて、
「大した女だな、お前は。きっと将来大物になれるぜ」
軽い気持ちで言ったつもりだった。だが、
「ほんとぉ!」
エミリアは期待に胸を膨らませ、本気で尋ねてきた。
「あたしもなれるかな? ヴァンキュリア・サーシャ様みたいに」
ヴァンキュリア・サーシャ。――貴族業界で誰一人として彼女の右に出ようとする女性がいなかった伝説の上流貴族女性である。全てにおいて完全なる彼女は絶世の美女であり、人柄も良く、上品で気高い、誰もが憧れと理想を抱く貴族女性だった。しかし、彼女は一年前に自殺。彼女に代わる女性はいまだ現れず、女性達の間では永遠の憧れの存在となっている。
――それが、クレイシスの姉であった。
クルドはもう笑ってこの場を誤魔化すしかなかった。誤魔化しながらも、気まずく黒猫を見やる。
やはり悲しく視線を落としている黒猫。
昔を思い返しているのだろうか?
どうにか話題を変えようと焦る。
「あー、いやその、えーっと……」
「なれるよ。きっと」
「ほんとぉ! 黒猫ちゃんもそう思う?」
エミリアは黒猫に迫った。
黒猫は穏やかに笑って答える。
「彼女も昔はそうだった」
エミリアはえへへ、と照れくさそうに頬を掻いて笑った。いそいそと恥ずかしそうにベッドから降りていく。両手を後ろで組んで少し歩いて。くるっと振り返り、
「あたし、お腹すいちゃった。ご飯、ここで食べるでしょ? もちろんマナー抜きで」
と、軽くウインク。
クルドは笑った。黒猫を見て皮肉る。
「――だとさ。どこかの坊っちゃんと違って協調性のある子で良かったよ」
「協調性の無い子供で悪かったな」
ふてくされたようにそっぽを向く黒猫。
エミリアは胸の前で手を叩き合わせると言葉を続けた。
「じゃ決まりね。お姉ちゃんを呼んでくるから二人はここで待ってて」
「――って、ちょっと待った」
クルドは慌てて呼び止めた。
首を傾げるエミリア。
「なぁに?」
クルドは笑顔で、
「お姉さんは俺の正体を知らないわけだよな?」
「うんうん」
素直に頷きを返すエミリア。
「だったら、ここで一緒に食事をすれば、自然と俺の正体はバレるわけだよな?」
「うんうん」
またもや頷くエミリア。
「それじゃ、俺がお姉さんと一緒に食事するのはマズイと思うのが普通だよな?」
「うんうん、あたしもそう思う。でもね、お姉ちゃんご飯食べてないの」
クルドの笑顔が引きつる。手短にいた黒猫の首を片手でぎゅっと絞めて、もう一度質問を繰り返す。
「だ・か・ら、ここで一緒に食事をするのはマズイと思うのが普通だよな?」
「怒る気持ちはわかるが、なぜオレの首を絞める必要がある?」
死にかけた顔色で力無く黒猫。
大丈夫よ、と。気楽にエミリアは手を振った。
「あたし、お姉ちゃんの妹だよ?」
不機嫌にクルド。
「だから何だ?」
「だからお姉ちゃんもきっとわかってくれるはず」
「って、ンなわけねぇだろ。いいか――」
「大丈夫だって。その辺はあたしが上手く脚色しといてあげるから」
言うなりすぐに、エミリアはドアへと向け駆け出した。
「――って聞けよ、人の話!」
ドアが閉まる。
遠のいていくエミリアの足音。
黒猫はクルドの手から急いで抜けると、着地したベッドからすぐに飛び降りた。くるりと振り向いて呆然としているクルドを叱責する。
「何しているんだ、早く彼女を追いかけて止めないと、事態が更に収集つかなくなる!」
「あ、あぁそうだな。悪い」
謝って。クルドは黒猫と一緒に部屋を飛び出した。




