二、狙われた彼女【6】
※ 前話でお気に入り登録をしてくださった名も無き一名の方、本当にありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。
頑張りますので、どうか最後までお付き合い、よろしくお願いします。
――そして。
腹の虫が鳴る。
ゴロリと寝転がったベッドの上でクルドは腹に手を当て呻いた。
「腹……減ったなぁ」
クルドの顔横に丸くうずくまった黒猫が叱りの声を上げる。
「――っるっさいな。少しは黙ってようとか思わないのか?」
と、尻尾でクルドの顔を叩く。
その尻尾を捕まえて弄ぶクルド。
「腹減ったよぉ、クーちゃん」
「その名で呼ぶな、鬱陶しい」
「だって晩飯抜きなんてキツイだろ……」
「あんな短時間でどうやってテーブル・マナーを叩き込めっていうんだ。あの場合あぁ言うしか他に方法はないだろう?」
「ただナイフで切ってフォークで刺して食うだけの話だろ?」
「それだけで済めばオレも止めはしない」
「だいたいなんだ? その『テーブル・マナー』って堅苦しい言葉は」
「相手も自分も最後まで気持ち良く食事を終わらせる為の気遣いだと、そう教育を受けた」
「なんだ。ただの受け売りか……」
ふてくされたように寝返り打つクルド。
黒猫は尻尾でクルドの後頭部を叩いた。
「ガキに教えられているようじゃ、あんたの人生もまだまだだな」
「よく言うよ。お前だって五歳のガキに洗濯の仕方をダメ出しされていたじゃねぇか」
「あ、あれはその……もういい」
黒猫もクルドもふてくされるようにそのまま口を閉じた。
ふと、小さな腹の虫が鳴る。
「腹減っているのか? クレイシス」
「いや、オレじゃない」
「じゃ誰だ?」
「あたしよ、あ・た・し」
…………。
――!?
まるで愛人が真夜中に忍び込んで来たかのように。
聞き覚えのある少女の声にクルドと黒猫は一緒になって、がばりと勢いよくベッドから身を起こした。
部屋のドアへと目を向けるが、ドアは開いていない。
「おーい。こっちよ、こっち」
声は窓の方から聞こえてきた。
クルドと黒猫は嫌悪感を思いきり滲み出した表情で窓へと振り向いた。
そこにはフリルのついた黄色いドレスに身を包んだ少女――エミリアが窓辺に腰掛け、足をぶらつかせながら、ひらひらと手を振っていた。
「お腹空いているんでしょ? パン、持ってきてあげたわよ」
「「普通にドアから入って来い」」
クルドと黒猫は同時にツッコミを入れた。
エミリアは、えへへと無邪気な笑みを見せると、
「まぁ、そう堅いこと言わないで。――よっ、と」
飛んで床に足を下ろした。
「ちょっと待ってね。今、パンを出すから」
そう言ってエミリアは服の内側――胸の谷間に堂々と手を突っ込んだ。
「「普通に持って来い、普通に!」」
両手をわななかせ、悲鳴じみた声でクルドと黒猫。
エミリアはぷぅっと頬を膨らませて、
「文句言わないでよ。コルセットに挟めるの、すごく苦労したんだから」
…………。
もう、言い返す元気もなく。
クルドと黒猫は側にあった壁に手を当て、さめざめと涙を流した。
「母さん。コルセットの本来の目的って、いったい何なのさ……?」
「年頃の女の子は扱いが難しくてヤダなぁ……」
顔をしかめるエミリア。
「二人して、なに壁にブツブツ語っているの?」
なんでもないよ、と手を振って。クルドと黒猫はエミリアへと向き直った。
はい、と。エミリアはパンを二つ差し出す。いつの間に――どうやってまでは聞きたくないが――エミリアの手にはパンが二つ握られていた。
黒猫が口を開く。
「君は食べないのか?」
「あたし? あたしも食べるわよ、あなたの半分を。だってあなた、体小さいんだからそんなに食べないでしょ?」
口端を引きつらせて黒猫。
「あ……あ、そぅ……」
気にせず、エミリアはパンを半分に折って黒猫の前に置いた。一つをクルドに手渡し、折った半分を口にくわえてクルドの隣にちょこんと腰を下ろす。そして、好奇心旺盛な瞳でクルドを見つめ、
「はへへほふほふほ」
「パンを置きなさい、パンを」
親にでもなった気分で、クルドは疲労のため息をつきながらエミリアの口にあるパンを取ってあげた。
そんなことなど微塵も気にしない様子で、エミリアは口早にもう一度尋ねてくる。
「ねぇねぇ、怪しくこそこそ話していたみたいだけど何話していたの? お姉ちゃんを夜這いする作戦?」
「するかッ! いったいどこで覚えてくるんだ、そんな言葉!」
「じゃ、何話していたの? あたしは何を協力すればいいの? ねぇねぇ教えて教えて」
両拳を口元に当て、わくわくと楽しそうに身を乗り出してくるエミリア。
押し返して、クルドは答える。
「それじゃまず、お前は部屋に帰れ」
エミリアはぶんぶんと激しく身をくねらせて抗議する。
「えー、やだやだ! あたしそんなのつまんなぁーい! なんでよ?」
「こっちのことはこっちでなんとかする。頼み事は何もない」
ランランと好奇心に目を光らせて、エミリアは再び身を乗り出してきた。
「あたし、役に立つわよ?」
押し返す。
「いらん」
押し戻される。
「今だってそうじゃない。パン持ってきてあげたし、それに事情を知っているのはあたしだけなのよ? この家に一番詳しいのはあたしだし、それにあなた達の秘密を握っているのはあたしなんだしぃ~」
言って、意味ありげにニヤリと笑う。
黒猫が半眼でクルドに、
「軽ーく脅しをかけてきたぞ、この女」
「やれやれ、まったく。頼むしかねぇってことか……」
クルドは重いため息を漏らした。