二、狙われた彼女【5】
※ 遅くなってしまいましたが、お気に入り登録してくださった三名の方、本当にありがとうございます。この場を借りましてお礼申し上げます。
短いアップが続いてしまうかもしれませんが、全力で頑張りますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
「わからない。理解できない。なんなんだ下流貴族って……」
フレスノール家の来客用の部屋に招かれて。
白く上等な天蓋付きのベッドの上で、黒猫は前足で頭を抱えてブツブツとうめいていた。
クルドは黒猫の隣に腰掛けて、きつく締まっていた襟元を緩めながら疲労のため息を漏らす。
「いいじゃねぇか、別に。事は計画通りに進んだんだからよぉ」
あれからエミリアが家族に何をどう説明したのか不明だが、フレスノール家はクルドを心から歓迎し、三階のこの部屋へと案内してくれた。夕食まで寛いでいてください、とのこと。
「後はこのままシンシアを見張って魔女が現れるのを待つだけだ」
ごろん、と。クルドは仰向けにベッドへ寝転んだ。思いきりノビをしながら上機嫌に、
「いいねぇ、この順調な進み具合。やっぱりお前がいるのといないとじゃ優遇が違うな。いつもはボディーガードを始末したり、警察に通報されたりと厄介な手間があったが、今回はお前がいて助かったよ。楽に侵入できた」
だが、と。急にテンションを落として、クルドはため息交じりにベッドから身を起こした。
「問題はここからなんだよなぁ。――なぁ、クレイシス。俺は貴族と食事なんて初めてだ。今までは泥棒のごとく部屋を出入りしたり、遠くから見張ったりだったから、外で食事を済ませるのが普通だった。噂では、貴族ってのは食事のマナーに厳しいところなんだろう? しかも会話にも気をつけないといけないみたいだし……。俺みたいな生まれも育ちも庶民が、いったいどうやって貴族と食事を――」
クルドはちらりと黒猫へ目を移した。
いまだ同じ体勢のまま、ブツブツと呟いている黒猫。
「なぜこんな怪しげな奴を簡単に部屋に通す? なんて警戒心のない家族だ。恐るべし下流貴族。警備の目は節穴か? いったいどこの会社を雇っている? 明らかに怪しいだろう、こんな腹話術の人間。こんな奴がヴァンキュリア公家に来ようものなら問答無用に即刻――」
ごすっ。
問答無用に即刻、クルドは黙って黒猫の頭上に肘打ちを見舞ってベッドに沈めた。
抵抗なく、勢いのままベッドにめり込む黒猫。
ぽつりとクルドが尋ねる。
「俺の話を聞いていたか?」
顔を埋めたまま黒猫が呻く。
「そうせずとも口で言えば済むことだろう?」
「腿に爪立てた仕返しだ」
「後で覚えてろよ」
「俺の口真似はやめろ」
「無意識だ。もう遅い」
クルドはフッと鼻で笑って、
「俺は別に構わないが、元に戻った時に困るのはお前だぞ? クレイシス侯爵殿」
「…………」
黒猫はそれ以上言い返してこなかった。
「俺の勝ちだな……」
クルドは満足げな笑みを浮かべながら肘を退けた。しかし、黒猫はベッドに顔を埋めたまま起き上がってこない。
「あれ? そんな激しく打ち込んだつもりは……おーい、クレイシス。生きてっか?」
ぼそりと声が聞こえてくる。
「……こんなベッドに寝るのは何年ぶりだろう」
「一年だろう?」
「家に帰りたい」
「帰りたきゃ勝手に帰れ。いや、その前にこの状況をどうにかしてから帰ってくれ」
むくり、と。黒猫はベッドから顔だけ起こした。がく然とした表情で思い出したかのように呟く。
「あ。そういえばイブニング用の服を準備するのを忘れていた」
「イブニング用の服ってのがあるのか?」
「まぁ最初から泊まるつもりで来たわけじゃないし、あーでも身だしなみが……。――あっ、やっぱ駄目だ。それ以前にテーブル・マナーを教えてない」
「あと会話もな」
平然と付け加える。
黒猫はクルドを見上げ、
「オレは別に構わないが困るのはお前だぞ? 庶民クルド」
口端を引きつらせてクルド。
「ほぉ。しっかりきっちり根にもって返してくるじゃねぇか。だがここはお前の出番だ。お前がどうにかしろ」
「どうやって?」
「お前はかの有名なクレイシス侯爵だろうが。お前ならこの状況を打破できるはずだ」
「断る。自分で蒔いた種は自分で処理すべきだ」
「すまん、俺が悪かった。頼むからどうにかしてくれ」
クルドは素直に土下座した。




