二、狙われた彼女【3】
「鎌をかけられたんだ」
眉間にシワを寄せ、怪訝に問い返すクルド。
「……どういうことだ?」
「縁談の時によく使われる典型的な手だ。相手の力量を試すんだよ」
「力量?」
「財産、名声、商談力、そして人を見る目。商売の主導権を誰が握っているのかを見定める力がなければ、貴族の世界は渡っていけない」
「ふんふん」
頷くクルド。問う。
「――つまり?」
「だから! 『結婚しました、はい、家が潰れました』じゃ話にならないってことだ」
「ん?」
クルドは眉間に深くシワを刻んで首を捻った。
黒猫は苛立たしく前足で自分の頭を掻き乱す。
「あぁもう面倒くさいな! はっきりストレートに言えば『この胡散臭い無駄に年食い阿呆オヤジに仕事がちゃんとできるのかな?』を見たってことだ!」
「はっきりストレートに言い過ぎだ、クソガキ」
片手でぐっと黒猫の首を絞め上げる。
耳を伏せて目を潤ませ、解放を訴える黒猫。
「ほんの軽はずみだったんです。調子に乗りすぎたと反省しています。ごめんなさい」
解放し、手振りを交えて疑問を投げ掛ける。
「つまり、なんだ? 俺が言いたいのは、なんでこう……相手を試すような――見合いだろう? 金と身分さえあればオッケーなんじゃないのか?」
考え込むように、黒猫は前足を組んで眉間にシワを寄せる。
「う~んと、そうだなぁ。なんて説明すればいいんだろう。つまり、この家で爵位を持っているのは父親だろう? だからその存在を無視してはいけないということだ」
「よくわからん」
「あーだろうね。まぁ分かり易く例えて言うなら、クルドが林檎を売る店を持っていたとする」
「ふんふん」
「林檎が無いと商売にならないだろう?」
「あぁそうだな」
「だからクルドは商談を得る為に林檎を栽培している家を訪問した」
「ふんふん」
「――で、その家は父親が商談の権利を握っていたとする。それなのにクルドは夫人と話が弾んで、思わず夫人と取引をしてしまった。夫人はその時悪意をもって適当に五ルースと激安金額を言ったのに、クルドはそれを鵜呑みにして利益になると喜び商売を始めた。しかし実際の取引金額は倍の五百ルースで、クルドは大赤字を蒙ることになった」
「ふ~ん。――で? それと見合いがどう関係するんだ?」
「だから! 縁談の時にその力量を見るってことを説明しているんだ、今」
「へぇ……。だが、どうせ赤字になっても金はあるんだろう?」
げんなりと疲れきった様子で肩を落として黒猫。
「阿呆か。それともなんだ? 貴族の地下には金が湧き出る倉庫があって、その金で生活しているとでも思っているのか?」
「違うのか? 俺がガキの頃、近所の婆さんがよくそう言って――」
黒猫はとうとう我慢できずに話のさじを投げた。
「あーもういい。オレもこれ以上どう説明していいかわからない。とにかく、婿選びをする時は相手の力量がどれくらいかを親がしっかり見定めないと子供は路頭に迷う運命になる。そうならない為に、縁談の時にありとあらゆる手段を使って力量を試してくるんだ」
「お前って、けっこう現実主義なお子様だったんだな」
「あのなぁ……!」
黒猫の口端がひくひくと痙攣する。ぐっと拳を握り締めて、
「お前のような『金は空から降ってくるんだ、わぁーいわぁーい♪』などと惰眠豪遊な穀潰しが存在するから、この世の中が腐っちまうんだ」
黒猫はびしっとクルドに前足を突きつけた。
「いいか、これだけは覚えておけ。オレは断固としてそんな奴らに存在権を与えない主義だ。貴族なら尚更だ。見つけ出して即効、問答無用に二度と再生復活できないよう徹底的に叩き潰してやる!」
唖然と。クルドの開いた口から声が漏れる。
「……なにか、辛い過去でもあったのか?」
きらりと目を光らせて真顔で黒猫。
「惰眠豪遊な穀潰し貴族は問答無用にぶっ潰せ。それが家訓だ」
「末恐ろしいな、ヴァンキュリア公家……」
「所詮この世は金で動く世界だ」
「可哀想に」
「何が『可哀想』だ! 貴族は金があって成り立つんだ。親の名声は時とともに薄れるし、金は使えばなくなる。自分の代で潰したくなければ財産になり得るモノは全て使う。それが世の中だ」
「さすがクレイシス侯爵殿」
「それは誉めか? 貶しか?」
「お好きにどうぞ」
言って、クルドは正面へと向き直った。
――ぎょっとする。
クルドの異変に気付いてか、黒猫もその方へと目をやる。そして、硬直。
いつからそこにいたのだろう。窓辺に腰掛けて足をぶらつかせている少女が一人、面白がるような表情でこちらを見ている。身なりがドレスからして、どうやらここの住人のようだ。だがしかし、本当にここの住人かと疑いたくなるくらい、少女とドレスはあちこちが泥で汚れていた。




