成人式
今日は私達姉妹の大好きな冴ちゃんのお話です。
英さんは成人式の配達であちこちのホールや公民館へ走り回っているし、お店にもお客様がたくさん来ていただけるので、本当は終日お店に居たかったのだけど……どうしても外せない“まろやか音”の設置があって、止む無く“あーちゃん”に接客のバイトをお願いして私は工具箱を提げ、タクシーで設置先のコーヒーショップへ向かった。
機械の方は新米セールスの井田くんが予め厨房へ運び込んでくれていたので、私のやる事と言えば……アンカー打ちに配管配線、動作確認だ。
無事、取扱い説明も終えて一甫堂に電話を入れたら英さんからの伝言があった。
『配達の帰りに迎えに行くからそのままコーヒーショップで待っていて』との事らしい。
「英兄ってやっぱ優しいですよね!♡」って言葉を添えて、あーちゃんから教えてもらった。
コーヒーショップの店長さんが傍に居たので“嬉し恥ずかし”で少し頬を染めながら「こんな格好で申し訳ないのですがブレンドとケーキセットをお願いします」と注文したら……「ウチは手作りのケーキが自慢なのです! 今日は7種のフルーツトルテがお勧めですよ」とのお言葉をいただいた。
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テーブルに置かれたコーヒーとケーキを楽しみながら
「色鮮やかなお菓子はやっぱりいいな」とか「“まろやか音”のお水で淹れたコーヒーを飲んでみたかったなあ」などとぼんやり考えていると、ふと斜向かいの席のカップルが目に留まった。
ふたりはきっと同中のコ達だ。
だって明らかに成人式帰りだもん!
男の子の方はスーツ姿があどけないし、女の子は“甘~い”振袖だ!
もう見るからに恋人オーラが駄々洩れで……女の子の方がウキウキと話し掛けているのだけど……右の振袖が椅子から零れて床にベッタリと落ちている。
いいのかな……
実は私は……振袖を着た事が無いので振袖を着た時の所作が分からない。
そんな私だから……二十歳の時は成人式には出ずバイトしてた。
でも着物は着てた。
ペラペラだけど。
どういう事かと言うと……当時、プーだった私は援交で糊口を凌いでいたので……何となくの絡みでイメクラのイベント対応のバイトの声が掛かったのだ。
そのイベントとは『お正月は楽しんだ?! 越後屋の成人式は独楽回し!!』ってタイトルで……キャストに着物を着せて長い袋帯を巻いただけにして……その端っこを客が持ってキャストを独楽回しすると言う呆れた内容で……私はわざとらしくクルクル回りながら笑いを堪えるのに必死だった。
このバカな企画を思い付いたのが、後に私に“主任”の肩書を付けた例のマネージャーで……ヤツとの腐れ縁はこの時からだったのだが……
当時の私は本当にどうしようもなくて……こんな事を平然とやっていたのだ。
だから……斜向かいのカップルを見ていると、段々辛くなって来て……涙が頬を伝った。
私自身の事はどうでもいいの!!
でも英さんに余りにも申し訳ない!!
まだ聞いた事は無いけど……きっと英さんは成人式にはきちんとスーツ姿で出席して、式が終わると飛んで帰って家業に勤しんだのだろう。
それに引き換え、こんなにも汚れ切った私は……加奈姉の結婚式に出席する事すらおこがましいのに……英さんのお嫁さんにならせてもらって本当に良いのだろうか?……他にいくらでも相応しい人が居るだろうに……
でもやっぱり!!
英さんの事は……
誰にも渡せない!!
だってカレは私の命だから!!
カレの為だったら何の躊躇いもなくこの命を投げ打って
あの世で“あかり”に「産んであげられなくてごめんね」とお詫びを言うのだろう。
業の深い私は今もやっぱり業が深いのだろうけど……
せめて大切な人たちを……私の命が尽きるまで愛して行こうと思う。
やっと、愛というものが分かったのだから……
ああ!!一甫堂のクルマが見えた!!
私は英さんに心配を掛けない様におしぼりで涙を抑えて、急いでメイクを直した。
このお話は『こんな故郷の片隅で』 https://ncode.syosetu.com/n4895hg/
のスピンオフとなります。
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