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馬鹿王太子と阿呆悪役令嬢、不憫公爵令嬢にスパダリ第二王子の受難

作者: 埴輪庭

 ◆


 その日、馬鹿王太子と阿呆悪役令嬢、不憫公爵令嬢にスパダリ第二王子は同日同時刻に意識を失った。


 4人はほぼまる一日意識を喪失し、翌日目覚めた時には文字通り人が変わってしまっていた。


 ただし、良い方向に。


 ・

 ・

 ・


「……いや、なぜ不憫公爵令嬢という婚約者がいるのに悪役令嬢と親しくする必要があるのだ?確かに不憫公爵令嬢とはお互いに愛し愛され、という関係ではない。しかしそもそもの話だがこの婚約は家と家の結びつき、およびそれに伴う数々の政治的な目的を達成するために行われるものだ。さらに言えば私は王族である。であるならば私情より国の都合を優先するのは当然だと思うのだが。こんな事はその辺の死にかけた野良犬でさえも分かる事だ。だが取り巻きAよ、もしやお前はそんな事も分からなかったというのか?」


 馬鹿王太子は真顔でそんな事を言った。


 これを聞いて周囲の取り巻きたちは顔色を変える。


 いや、いきなりどうしちゃったの?不憫公爵令嬢が女のくせに何かとでしゃばりで、この前の学園の試験では自分より良い成績を取ったとか怒ってたじゃん。あの女は男を立てるという事を知らない、それに比べて阿呆悪役令嬢は違う。彼女はよく私の事を見てくれていて、一緒にいるととても心が安らぐとか言ってたじゃん。


 などといった視線が取り巻き達の間で交わされ、リーダーであった取り巻きAが代表して発言した。


「いえ、もちろん私も貴族。そこは心得て御座います。それでは先日王太子殿下ご自身が仰っていた不憫公爵令嬢との婚約破棄はなさらない──ということでよろしいのでしょうか?」


 馬鹿王太子は目を見開いて驚き──


「馬鹿な!そんな事をするわけがない!不憫公爵家は王国の武を支える名門!下手をすれば国が割れてしまうではないか馬鹿者!そんな事をするド低能がどこにいるのか!……待て、私が言っただと?そんな事はな……いや、あった……あったかもしれない。む、ちょっと待てよ。私はそれまで不憫公爵令嬢に何をしてきたのか……いや、そ、そんな……。まずい。これはまずいのでは……?いかん!こんな事をしている場合ではない!今すぐ不憫公爵令嬢に謝罪をしなければ!」


 と叫んで走り去っていった。


 ◆


 阿呆悪役令嬢も人が変わってしまっている。


「え?どういうことかしら?なぜわたくしが馬鹿王太子殿下をデートに誘わなければならないの?そんな事出来るはずがないでしょう。馬鹿王太子殿下と不憫公爵令嬢様は婚約をされているのよ。わたくしがそんな馬鹿な事をしてしまったらわたくしの家などあっというまにお取り潰しの憂き目に遭うでしょう。お二人の婚約、ひいては結婚は王国の基盤をより盤石なものにするための重要な政策の一つなのです。愛だの恋だのは貴族という身分を捨ててから楽しみなさいな」


 取り巻き令嬢①は「はぁ……」と困惑が色濃く滲む返事を返した。


 しかし内心はこうだ。


 ──言ってることは正しいけど、正しいけど!でもあんたこの前こう言ってたじゃん!『馬鹿王太子殿下にあんな暗い女は相応しくありませんわ。肌だって見てみなさい。北方の血が入っているだけあって真っ白で、今にも死にそうなほど不健康そうで……身分だけが高い女がゆくゆくはこの国の王妃となるなんて、わたくしこの国の貴族の一員として忸怩たる思いですわ!だからね、わたくし決めましたの。馬鹿王太子殿下の心を奪ってさしあげようと。馬鹿王太子殿下はこの国の王になるお方ですから、その意思は現王や現王妃も無視できない筈ですわ!幸い馬鹿王太子殿下もわたくしの事が気になっているようですし、さっさと不憫公爵令嬢の心を折ってしまいたいところですわね』って!


 □


 不憫公爵令嬢も同様だ。


「……なるほど、阿呆悪役令嬢様がそのような事を。では良きに」


 良きにはからえという事だが、執事①は困惑する。


「は、しかし……どのように差配すればよろしいでしょう?」


 執事①は本当に何をどうすればいいか分からなかった。


 というのも本来ならば下級貴族である阿呆悪役令嬢の家が公爵家の面子を傷つけるようなことがあれば、あらゆる手段を以て報復するのだが、この不憫公爵令嬢ときたら「王太子殿下の気持ちも尊重すべきだし……私にも非があったのかもしれませんし……」と、何かと理由をつけて動こうとはしない。


 公爵家としての威厳を守るための行動を取るべきはずなのに、彼女はそれを避け続けていたではないか。


 執事①の煮え切らない態度に不憫公爵令嬢は、バカをみる視線を向ける。


 だが無理もなかった。


 公爵家として下級貴族である阿呆悪役令嬢の家に対して報復する手段は数多くある。


 まず最も一般的かつ強力な手段は経済的な圧力だ。


 公爵家が持つ影響力を用い、商人たちに働きかけて阿呆悪役令嬢の家との取引を制限させる。


 これにより下級貴族の家計は一気に逼迫し、経済的に追い詰められるだろう。


 さらに社交界での立場を徹底的に揺るがすことも有効だ。


 公爵家の名声を利用し、他の上流貴族に阿呆悪役令嬢家を招かないよう暗に指示を出す。


 公爵家の影響力が強い以上、多くの貴族はそれに従うだろう。


 社交の場から排除されれば阿呆悪役令嬢の家は孤立し、権威も急速に失墜する。


 また、政治的手段も考えられる。


 公爵家は宮廷内での強力な立場を利用して、阿呆悪役令嬢の家が持つ特権や領地を減らすための動きを進めることができる。領地の税率を上げる法案を提案する、もしくは直接領地の縮小を命じることで、阿呆悪役令嬢の家の基盤を崩すことが可能だ。


 なんにせよ公爵家が動けば、下級貴族である阿呆悪役令嬢の家を叩き潰す事など造作もない。


 そんな事も分からないというのは執事①が公爵家に連なる者として失格の烙印を押されてしまっても仕方がない事であった。


「はぁ……」


 溜息を一つついた彼女は、別の執事に挿げ替える事を決める。


 □


 ではスパダリ第二王子はどうか。


「なに?私不憫公爵令嬢が冷遇されている?それは分かったが、それでなぜ私が彼女に近づかなければならないのだ?確かに私が彼女に対して並々ならぬ思いを抱いていた事は認めよう。しかしそれはそれ、これはこれである」


 スパダリ第二王子の口調は冷厳としている。


「兄上が公爵令嬢を冷遇するのは、自身の政治的失策に他ならない。だが、それに乗じて私が彼女に優しくするなど愚の骨頂だ。不憫公爵令嬢は冷遇されているが、彼女はこの国を支える公爵家の一員であり、いずれその立場を取り戻す。もしここで私が彼女に近づけば、それは一時的な感情に流され、愚かにも政治的混乱を引き起こすことになる。愛や恋は一時的な感情に過ぎず、それに振り回されて国を揺るがすようなことは王族としてあってはならない。私情で動くのではなく冷静に状況を見極めるのが賢明だ」


 するとスパダリ第二王子の友人でもある善人面騎士団長は憤慨して言った。


「なぜ急にそんな事を!?先日まではもっと人情味がございましたぞ!確かに感情に流されてはならないというのはわかります。しかし、だからといって不憫公爵令嬢が苦しんでいるのを黙って見過ごすのは正しいことではありません!王族であれ誰であれ、人としての心を失ってはいけないのです。不憫公爵令嬢は今、孤立無援の状態にある。王太子殿下が彼女を冷遇している以上、誰かが手を差し伸べなければ、彼女はそのまま押し潰されてしまうでしょう。それを防ぐのが人としての道ではないのですか!?」


 そんな善人面騎士団長にスパダリ第二王子は言う。


「王族とは人ではない。国が人の形を取った存在である。私が兄上の失策に乗じて動くということは、家の争いを引き起こす可能性すらある。私は兄上を倒すために王族として生まれたわけではない。私の役割は国を守り、国民の平和を保つことだ。だからこそ私情に振り回されるわけにはいかない。先日の私というのは本当に私だったのか?他国のスパイだったりはしないか……?」



 ◆◆□□


 4人が4人とも急に人が変わった様になり、それはすぐに周囲の者たちも知るところとなった。


 人はそんなにすぐ変わるのだろうか?


 それとも何か陰謀の様なものが隠されているのではないか?


 そんな声が飛び交い、それは当の4人も知るところとなる。


 ・

 ・

 ・


 4人はある日、同じ部屋に集まった。


 馬鹿王太子が真っ先に口を開く。


「どうやら私はどうかしていたようだ。頭がおかしくなっていたのかもしれない。貴女を疎かにしてしまったことを今は深く反省している。すまなかった」


 不憫公爵令嬢は驚いた顔で王太子を見たが、すぐに柔らかな表情に変わった。


「いいえ、私こそ。ただ我慢し続けるだけで何がどう変わるというわけでもありませんし……。もっとはっきりとした態度に出ればよかったのでしょう。ここしばらくの私もどこかおかしかったのかもしれません」


 阿呆悪役令嬢もため息をついて言葉を続けた。


「私も王太子殿下に対して分をわきまえぬ感情を抱いておりました。貴族としてあってはならない行動です。私がそんな事をしていたと自分でも信じられないのですが、周囲の者に尋ねてみた所、確かに私はそのように振舞っていたとの事……王太子殿下、不憫公爵令嬢様、私の無礼をお許しください」


 不憫公爵令嬢は少し微笑みながら言った


「もう過ぎたことですわ。お互いに何かがおかしかったのなら、ここでそれを終わりにしましょう。」


 最後にスパダリ第二王子が静かに口を開いた。


「私は特に何をやらかしたというわけではありませんが、もしこのまま我々が正気に戻らなければあるいは、という思いがあります。というのも、私は兄上に対して妙な反発を感じておりました。心の中で今ならば考えられない思いが鎌首をもたげていたのです。それを詳しく話す事は憚られますが、私もまた気が触れかけていた事は相違ありません」


 4人はお互いを見つめ合い、皆が皆、脳がまともである事をしって安堵する。


「人をバカにする病というものがあるのかもしれないな……」


 不意に馬鹿王太子がそんな事を言った。


 そんなまさかと思う3人だったが、あるいはという思いもある。


 そんな馬鹿みたいな病でもなければありえない思考、もしくはありえない行動をとっていたのだから……


「調べさせた方が良いかもしれませんね」


 不憫公爵令嬢が並々ならぬ深刻さを湛えた口調で言った。


 ◆◆□□


 その後、4人はそれぞれの家の力を動員して真相を調べ始めた。


 すると驚くべき事実が明らかになる。


 王国の医師団や賢者たちの調査により、特定の条件下で発症する奇妙な病が確認されたのだ。


 突如として思考力や判断力が急激に低下し、まるで別人のような行動をとる病──それはド低能症候群と名づけられた。


 この病は特定の地域や階級に限定されて発症するわけではなく、貴族から平民に至るまで、世界中で散発的に確認されていたという。


 最も恐ろしいのは、病にかかっている者が自分の異常を自覚できないまま周囲に悪影響を及ぼすことだった。


 さらに調査が進むと、この病には「潜伏期間」があり、一定の環境や精神的負荷がかかると突如として発症することがわかった。


 馬鹿王太子や阿呆悪役令嬢、不憫公爵令嬢、そしてスパダリ第二王子もこの病の影響下にあったと考えられる。


 王国はただちに対策を講じることにした。


 ド低能症候群の発症を防ぐために各地の領主や貴族たちに対して、定期的な健康診断や精神ケアを義務付ける法律が施行された。


 さらに民衆にもこの病の存在が知らされ、日常生活の中で不自然な行動を取る者に対してはすぐに報告するよう求められる事となった。


 そして──


 世界は少しだけ賢くなった。



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[良い点] 題名があまりにも酷すぎる。 良いと思います。
[良い点] なろう症候群じゃない辺りが有情
[良い点] 直球すぎる病名。取り敢えず治療可能っぽいのは良かった。この病名で不治の病だったら患者が気の毒すぎる。 そして病気とも気付かず、異様な行動をする4人を放置した周りが無能。
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