いたみ
くらりとした。
医学の知識など皆無でも、血圧があがるのがわかる。
脱力とは真逆に、すべてが激しく、そして。
くらりとした。
美智子が死んだ。
暑い、暑い、夏の日に。
自らの命に手をかけた。
時節柄というのだろうか。
腐敗ははやく。
異様な臭いと染み出した美智子だった汁。
無関係な専門家たちに粛々と処理されていく。
号泣する母親を見た。
胸が苦しくなる。
どれだけの人が眼前の老婆の様に悲しんでいるのだろうか。
どれだけの知人が生活に支障をきたすのだろうか。
胸が張り裂けそうになる。
そして、人は何故こんなにも死を重大に捉えるのか。
もし視覚だけならば気持ちの良い青と白を背に、石段を昇る。
1歩1歩に搾り取られる汗が、湿度に混ざって消えてゆく。
死が絡めば悲劇的であり、死が絡めば感動的であり、死が絡めば劇的であり。
もはや生きる事より優先されていはしないか。
突然でありうるからか?
理不尽で有り得るからか?
不可逆だからか?
望まないからか?
そんなもの「いきる」ことも同じではないか。
重大な事が、知らない人の身におきる。
大した事ない事が、身近な人を襲う。
どちらが衝撃か。
知らぬ誰かの命を無視できるならば。
抱えきれぬ痛みを理解されると思うな。
雄大な流れに石を投じる。
4回ほど跳ねて沈んだ。
美智子が死んだ。
私が産み出した命の箱庭の小さな小さな出来事。
人は私を神という。
しかし。
もはや関係の薄れきった私が1番、人らしいのではないか。
いつの間にか、青く澄み切った夏の空。
私はそっと足跡を消した。