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こまった死体

これは東方projectの二次創作になります

 夕方ごろから降り続いたにわか雨も止み、しっとりと程よく湿った夜の山の通り道。

 火焔猫燐は、その二又のしっぽを振りながら、鼻歌交じりに夜の散歩と洒落込んでいた。

 こんな夜には何かがある。彼女の勘がそう伝えていた。

 その勘はすぐに当たる。


「ほーら、やっぱり思った通りだ」


 彼女のお目当てのものは、木にもたれかかるようにして在った。

 帽子を深くかぶっており、端から見ると木かげで休んでいるように見えるが、既に事切れてから、割と経っている様子だ。

 服装から見るにどうやら男性らしい。さっそく燐は、能力を使って彼に話しかける。


「おい、そこのおまえさん」

「……なんですか。あなたは。せっかくいい気持ちで寝ていたのに」

「すいぶんのんきなやつだね。おまえさんは、もう死んでるんだよ」

「私が死んでるですって? 何をわけのわからないことを言い出すんですか」

「本当だよ。なぜなら、あたいは死体と話しをすることが出来るんだ。 あたいは今、おまえさんの死体に直接話しかけてるんだよ」

「そんな……! 私には帰りを待っている者がいるんですよ。こんなとこで死んでるわけにはいかないんだが!?」

「そんなのあたいの知ったこっちゃないよ。というか、おまえさんは何で死んだんだい?」

「そんなの自分が知りたいくらいですよ! 山を歩いていて少し気分が悪くなったから、ここでちょっと一休みしていたら、あなたが急に話しかけてきたんですよ? しかも私のことを、おまえはもう死んでいるなんて言い出すし……! というか、こんなことをしている場合じゃない。なんとかして生き返らないと!」


 これまた元気な死体だと、燐は思わず呆れてしまう。

 不幸な事故などで死んだ者が、自分が死んだことに気付かないのは割とよくあるが、死んだ原因すらわからないというのも珍しい。

 それにしても、これだけ元気なら、本当にすぐ生き返ることが出来るのではないかと思ってしまうが、そんなことはない。彼はまごう事なき死体なのだ。


「うーん。おまえさんの死因ねえ……。その骸をかっさばいて中を調べてみれば、わかるかもしれないが、せっかくのきれいな体にわざわざ傷つけたくないね。直すのもめんどうだし。ただ、間違いないのは、何かに襲われたってワケじゃないのは確かさ。目立った傷も見あたらないしね。まあ、あたいにとっては、おまえさんの死因は別にどうでもいいんだ。大事なのは――」

「ああ、なんてこと! なんということでしょうか! 私は本当に死んでしまったというのですか!? きっと、里の人たちは、今ごろ必死になって私を探している事でしょう! その光景が目に浮かぶようです。これを悲劇と呼ばずになんと呼ぶのでしょうか……!?」


 彼は彼女の話が耳に入っていない様子で、芝居がかったような言い回しを続けている。

 燐は思わず苦笑する。


「……まったく、面白い奴だね。よーし、気に入った。おまえさんは、あたいの部屋、おりんりんランドの特等席に飾ってやるよ! さあ、いっしょに地霊殿へ来るんだ」


 彼女が猫車に彼を乗せようとすると、すかさず彼が告げる。


「ちょっと待って下さい! お願いがあるんです! えーと……」

「ああ、あたいのことはお燐と呼んでくれ。で、お願いって?」

「お燐さん! 私を一度、里まで連れてってくれないでしょうか! 連れてってくれるだけでいいんです。そしたらこの体は、あなたの好きにしていいですから」

「里に……?」


 燐は困惑を隠せなかったが、まあ、最後に思い出を作ってやるのも悪くないだろうと、彼を里まで連れて行ってあげることにした。


 ◆


 二人が里に着くと、辺りは闇に包まれ、しんと静まりかえっていた。


「なんだい。誰もおまえさんのことなんか探してないじゃないか。すっかり寝静まっているよ」

「ああ、なんてことだ。私はもう忘れられてしまったというのか……!?」


 燐は、くすりと笑って彼に言う。


「まあ、そんなもんさ。早かれ遅かれ、いつかは忘れ去られてしまうのが死者ってもんだ。……さあ、これで気はすんだかい?」

「……あのですね。お燐さん。実はですね。私にはお腹を空かせた子供が待っているんですよ」

「また、ずいぶん唐突な話だね」

「ああ、心配だ……。困った。困ったぞ……! あの子は一人じゃ何も出来ないんです!」

「まだ幼子なのかい」

「いや、そうじゃないんですけど、その、何というか、人と話すのが、ちょっと苦手でして……」

「……ふーん。ま、いずれにしても、あきらめることだね」

「そんな。ずいぶん薄情なこと言うじゃないですか……!」

「死体がどうやって生きてる奴に、干渉しようってのさ?」

「それは……。そうですけど……! ああ、このままではあの子は、誰にも相手をされずに……」


 呆れた様子で燐が告げる。


「……言っておくけど、あたいは火車の妖怪。生きた人間に興味なんてこれっぽっちもない。おまえさんの子供がどうなろうと、あたいには関係ないよ。いいかい。おまえさんは、もう死んだのさ。死人に口なし。今更、どうのこうの言っても仕方ないよ。残された人は、なるようにしかならないんだ。違うかい?」


 彼は思わず黙り込んでしまう。


「さ、頼みは聞いてやったんだ。約束通り、そろそろ行くよ」

「待って下さい!」

「なにさ」

「お願いです! あの、わがままは承知の上なんですが……。我が家の前に行ってもらえないでしょうか! お燐さん! いや、お燐さま!」

「……呆れたやつだねえ」

「本当、申しわけない。でも、どうしてもお願いしたいんです! 一生のお願いです! この通り!」


 彼の声は、それまでのような芝居がかった感じではなく、真剣そのもので、それこそ体が動けるなら、土下座してお願いしていたのではないかと思えるほどだった。


「まったく、困った死体だねえ。一生のお願いって……。おまえさんの一生はもう終わってるんだけどね……」


 燐はやれやれといった様子で、ため息をつくと彼に告げる。


「……仕方ない。特別だよ? 早く場所を教えておくれ」

「ああ、ありがとうございます……! 神さま、仏さま、お燐さま!」

「あたいは死体には優しいんだ。感謝しなよ」


 彼の案内で燐が向かった先は、里の外れにある粗末な小屋だった。


「ふーん。ここがおまえさんの家かい。家と言うよりはあばらやだね」

「いやあ、面目ない」

「……で、どうせ、おまえさんのことだ。今度は、中をのぞきたいとか言うんだろ?」

「そうしたいところなんですが、私が入っても真っ暗で見えないので、出来るなら、お燐さまだけで、様子を見てきてもらえないでしょうか」

「えっ。私だけで……!? ……まぁ、別にいいけどさ」


 燐は、今更、断るのも面倒だったので、大人しく彼の頼みを受け入れることにした。

 実際、家の中は真っ暗だったが、彼女は暗闇の中でも目が見えるので問題はない。

 家の中は、ゴミなのか必要品なのか区別がつかないようなものであふれかえり、足の踏み場もないような状態だ。どことなく異臭もする。


(こりゃひどいね。おくうの部屋といい勝負だ)


 そして彼女が家の奥の方に行くと、ござを敷いて、いびきをかいている男の子の姿が見えた。


(なんだ。生きてるじゃん……。ちぇっ、つまんないの)


 彼女が、なんとなくその男の顔を見ると、ある異変に気付く。

 男は明らかに普通の人とは違う顔立ちをしていたのだ。それを見て彼女はすぐ察した。


(……ああ、なるほど。どおりであいつが、やたらこだわるわけだ。こいつ、白痴か)


 過去にも燐は、この手の死体を拾ったことはあった。そのほとんどが、おりんりんランドではなく、旧地獄炉の燃料行きではあったが。

 この手の人間は、どうも普通の人と比べて寿命が短いようで、しかも周りから忌み嫌われているのか、亡きがらが無造作に捨てられていることも多々あった。

 もっとも、竹藪の医者が現れてからは、治療が出来るようになったのか、めっきり見かけることも減ったのだが。

 なぜ、彼はこの子を医者へ連れていかなかったのだろうか。貧乏だからというのは理由にならない。噂だと医者はどんな治療でも、お代は一切取らないということだ。

 とは言っても、この子の父は、あのとおり、もう死んでしまったし、こんな人気のないあばらやに、父と子だけで住んでいた時点で、色々わけありということなのだろう。他人の事情にこれ以上、首をつっこむ必要はない。


(……こいつもこの調子だと、そう長くはなさそうだね)


 彼女は、ふっと微笑むと、静かに家を出た。


「ああ、お帰りなさい。どうでしたか?」


 彼が心配そうに尋ねる。燐はすまし顔で答える。


「ああ、ちゃんと生きてたよ。のんきにいびきをかいてたさ」

「……そうですか。それは良かった。と、いうか、なんというか……」


 彼が複雑そうに応える側から、燐は猫車の取っ手を持つ。


「そんじゃ、今度こそ行くよ」


 カラカラという猫車を走らせる軽やかな音と共に、里の風景は徐々に遠のいていく。


「ああ……。さようなら。私の一生。我が子よ。先立つ不孝を許してくれ……!」


 彼は口惜しそうにうめく。

 ふと、燐は猫車を止めると、呟くように告げる。


「……そうだねえ。もし、あの子の死体を拾えたら、……その時は横に飾ってあげるよ」


 彼は少しの間を置いてから、重々しい口調で応える。


「……おねがいします」


 燐は笑顔で小さく頷くと、再び猫車を動かし始める。


 そのまま二人の姿は、カラカラという車輪の音と共に、夜闇の中にへと消えていった。





 ――で、その後、彼はどうなったかって?


 ああ、無事、子供と再会することが出来たよ。


 これからは、二人でずーっと一緒に過ごせるんだ。


 彼はきっと今、幸せなことだろうね。

だけど それは ほんとかな

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