[平井高雅選手変死事件]謎多き未解決事件を解説
二〇一八年六月三十日午後六時頃、スキージャンプ選手・平井高雅さんの高校時代の同級生である佐藤和さんが、職場の同僚へ渡す誕生日プレゼントとして平井さんのサイン入り色紙を依頼する電話をかけた。平井さんは「喜んで」と快諾したというが、これが平井さんの生存を確認できる最後の証言である。
七月一日正午に二人は新宿で待ち合わせをした。しかし、時間になっても平井さんは待ち合わせ場所に姿を現さない。佐藤さんは何度か電話やLINEで連絡を試みたものの、平井さんと繋がることはなかった。
七月五日の仕事を終えた佐藤さんは、勤務する東京都庁を定時で退勤し、平井さんの自宅へ向かった。チャイムを鳴らしても応答がなく、玄関の鍵もかかっていたことから、佐藤さんは最寄りの交番に相談。相談を受けた警察は、平井さん宅の鍵を開けて確認することにした。
七月六日午前十一時頃、鍵屋によって平井さん宅の鍵が開けられた。警察官二名と佐藤さん、そして警察から連絡を受けた平井さんの兄の合計四名が中に入ると、リビングで平井さんが倒れているのを発見。既に呼吸と脈拍はなく、搬送先の病院で死亡が確認された。死亡したのは七月三日前後と推定され、後の詳しい調べで七月一日深夜から翌二日未明の間であることが判明した。
死斑や内臓の鬱血状態などから、死因は明らかに窒息によるものである。しかし首を紐などで絞めた痕はなく、水中に長時間沈んだような状態でもなかった。また、この年の二月に開催された平昌冬季オリンピックで平井さんに授与された金メダルが欠けているのを、現場検証にあたった捜査員が発見した。メダルの強度からして、また、左上から右下へ複数の溝があるデザインであるのに対し右上から左下へ全体の約四分の一が欠けていることから、意図的に破壊されたものと考えられる。
平井さんの死が報じられたのち、警視庁に差出人不明の怪文書が郵送された。まるで機械翻訳されたような文章が便箋一枚に手書きされていたが、便箋や封筒から採取された指紋は警察のデータベースおよび本件で参考人とされた人物たちのいずれともヒットしなかった。以下はその全文である。
『親愛なる、あなたは美しいでス。家族も問題がアルようです。誰がそのようなことをするのか知っていますが、総統が私ヲ殺すことを知ッテいます。なぜこれが起こったノですか? 私はあなたガ休日を覚えていることを願っています。木皿木のパーティーだった。今、彼は本当ニ素晴らしイことをしたようでス。彼は川を渡って島に着いた。この教会。彼は一体を試みます。日本警察は私を守ってクれるとキ待されていまス。命をかけてここに書いテください。私たちと一緒に!』
当初から警察は事件性があるとみて捜査していたが、二〇一九年六月に突如として事故と結論付け、捜査を打ち切った。インターネット上では警察を非難する声の中に、何か圧力がかかったのではないかと考察する者たちがいた。二〇二一年四月、平井さんの遺族らが東京都公安委員会に対して再捜査要求を行い、のちに再捜査が決定。警視庁は事件当日の不審者等の目撃情報を集めているが、現在のところ、有力な手がかりは掴めていない。
なお、平井さんは平昌オリンピック開催中、何度か選手村の外へ出ていたことがわかっている。また、ほとんどの選手が競技終了後に速やかに帰国していたのに対して、平井さんは二月十九日に競技が終了した後も韓国に滞在し、同月二十五日の閉会式に参加して帰国した。選手村を出た後の足取りや競技終了後も韓国に滞在した目的は不明である。




