09 モブと推し1
その後、なんだかんだと引き留められて困っていると、戻ってこないモニカを心配してカリストが探しにきた。おかげでなんとか、精霊たちからは開放された。
(早く行かないと、お昼休みが終わってしまうわ)
精霊たちの態度は気にはなるが、それよりモニカにとってはルカが大事。
教室へと戻ったモニカは、今日もたっぷりと持参したバケットサンドを携えて教室を出る。
昨日のお昼休みのルカは、明らかに様子が違った。時計塔に行けばまたあのルカに会えるかもしれない。
そんな願望を現実にしたくて、今日もモニカは時計塔を訪れた。
「モニカ、会いたかった」
「ルカ様……!」
昨日の彼の態度は、偶然ではなかった。ここに来ればルカに認識してもらえる。
昨日と同じように出迎えられて、モニカは思わず感極まって瞳を潤ませた。
「なに、泣きそうな顔してんだよ」
「す……すみません。ルカ様にお会いできたのが嬉しくて。教室ではその……」
教室でのルカは、どう思っているのだろうか。気になってそう言いかけると、彼は「あー」と理解したように続ける。
「どうりで教室にいないと思ったらお前、席がなくていじめられてるとでも思って、泣いてたんだろ」
「……え?」
「モニカは存在感が無さ過ぎて、すぐに忘れられるからな。心配すんな、俺が席を確保してやってるから」
モニカの頭をぽんっとなでたルカは、やんちゃな笑みを浮かべる。
(あの席って、私のために確保してくれていたの……?)
教室ではモニカを認識できていない彼だが、完全に忘れているわけではないようだ。
ただ単に空気すぎるモニカを目視できないだけで、心の中から消えてしまっているわけではないと。
すでにモニカはその席を使用しており、ルカに気が付かれていない状況だが、そんなことはどうでもよい。ルカが気にかけてくれたことが、この上なく嬉しい。
「ルカ様ぁ……!」
「だから明日からは、ちゃんと教室へ来いよ」
バケットサンドを頬張りながら微笑む推しに、モニカは首をひねる。
「……今日の午後からでは、いけないんですか?」
「俺、午後は忙しーから」
どうやら午後の授業はサボるつもりのようだ。
(ふふ。午後は公爵家の訓練場で模擬戦があるから、参加したいのよね)
幼い頃は騎士の厳しい訓練が嫌で泣いていたルカだが、それなりの基礎ができてからは学業よりも訓練のほうが好きになる。
けれど、親子の不仲は未だに健在で、今の理由はルカが勉強をしないことだ。
彼としては、嫌々やらされていた訓練がやっと好きになったのに、実力を認められるどころか今度は「勉強を優先しろ」と押し付けられて、やるせなさを感じている。
ヒロインが間に立つことでいずれ、親子の不仲は解決されるが。
(ど修羅場が待っているのよね……)
次期騎士団長の座を狙う者が、ルカの素行の悪さを利用して彼を蹴落とそうと目論むのだ。
ある日、騎士団長が襲撃され負傷する。その犯人が父親を憎んだルカの仕業だと噂になった。
ヒロインがルカの濡れ衣を晴らすことで事件は解決するが、その間、ルカはひどく傷つくことになる。
(ルカ様には、傷ついてほしくないわ)
先ほどの野外授業でのリアナを思い出して、モニカは少し不安になる。
もしもリアナがルカの攻略を諦めて、ほかの火属性キャラを攻略してしまったら。このエピソードはどうなるのだろうか。
エピソード自体が発生しなければ良いが、これは公爵家の問題。ルカがこのままだと、発生する可能性が高い気がする。
その時にヒロインの助けがなければ、ルカは無実の罪で罰せられてしまう。そうなってしまえば、彼は公爵家を継ぐことも、騎士団長になることも難しくなるだろう。
(そんなの嫌だわ……!)
リアナが誰を選んでも良いように、今から準備が必要だ。
そのためには、勉強。ルカに勉強させなければ。
「私、今日の午後から授業に出たいです。けれどルカ様がいないと……」
意外と面倒見が良い推しの性格を利用するのは気が引けるが、ルカの未来を少しでも良い方向へと動かしたい。
そんな思いで、ルカを見つめる。
するとルカは、「うーん」と悩むように頭を掻いてから、諦めたように笑みを浮かべた。
「しゃーねーな。俺がついて行ってやるよ」
だからそんな顔するな、と言いながら彼は、モニカの手のひらに刺繍糸を載せた。
(刺繍糸?)
翌朝。やはりルカの隣の席は空いていた。
「ルカ様おはようございます。お隣、失礼いたしますね」
「…………」
そして今日もルカは気づいてくれないが、モニカは堂々と隣の席に座った。
ここはモニカのために、ルカが確保してくれている席。そう思うだけで、朝から幸せでいっぱいになる。
「ルカ様。ありがとうございます」
にこりと微笑んだ瞬間、ルカがモニカのほうへと顔を向ける。
(えっ……?)
一瞬どきりとしたが、残念ながら彼はモニカを見たわけではない。モニカが感謝を述べたと同時に、リアナが話しかけてきたのだ。
「ねぇ、ルカ。今日も隣の席が空いているのに、座ってはいけないの?」
「駄目だ」
「入学以来、一度もその子は来ていないじゃない。本当に学園の学生なの?」
(空気ですみません……)
モニカが周りに認識されていないせいで、ルカが変な人に見られていないか心配になってくる。
そこへ話に入ってきたのは、やはりブラウリオだ。
「それだけルカにとっては、大切な人ってことなんじゃないかな」
「そうなの? ルカが大切にしている人ってどんな子?」
二人に尋ねられて、ルカは腕を組んで真剣に考え出した。
(もしかして、私を思い出してくれるのかしら?)
昨日の会話の雰囲気では、ルカはモニカを覚えている。きっかけさえあれば、教室でも気づいてもらえるかもしれない。モニカは期待しつつルカを見つめる。