86 皆への告白8
「え……? 私がモニカちゃんにお仕えするのよね?」
「え……? 私は、リアナちゃんにお仕えしようと……」
(あれ……。そのために、何度も議論をしてきたのよね?)
リアナとブラウリオが、聖女の守護者は一人だけがいいと言い出したから揉め。それを解決するためにモニカは、リアナの守護者になると決心し、皆へモニカの体質について打ち明けることにした。
その過程でモニカが女神であることも打ち明けるしかなかったが、目的自体は変わっていないと思っていた。
しかしリアナはリアナで、モニカに仕えるつもりでいたようだ。
「女神が聖女に仕えるなんて、変じゃねーか」
一般論を持ち出すルカの後に続いて、ロベルトもうなずく。
「聖女は、女神への祈りによって力を発揮します。その女神が聖女へ仕えるというのは矛盾していますね」
(そっそうなんだけど……)
モニカも、自分の考えのほうが一般的ではないことくらいは承知している。
けれどこの世界のヒロインはリアナだ。
モニカが攻略対象やその婚約者を守護者にする時点で、ストーリーからは大きく外れてしまうが、それでも最終的に皆を束ねる立場はリアナのほうが、この世界の摂理としては自然なはずだと思っていた。
「ルーは、それでも大丈夫だと……」
モニカが弱々しい声で説明すると、ルーが小さな腕を頭の後ろで組みながら、モニカの前へと浮遊してきた。
「おいらも、逆だって言ったも~ん」
「だよな~」
楽しそうに相槌を打つルカも、頭の後ろで腕を組んでいる。二人は仕草まで似るほど意気投合したようだ。
(ルーってば、契約を解除した途端に裏切るなんて……!)
精霊は人間よりもずっと長生きであり、聖女や守護者に深く関わってきた。そんな彼らの発言は重要だ。
ルーが味方になってくれないとなると、ほかにこの場で影響力があるのはカリストだが――。モニカがカリストに顔を向けると、彼は笑みを浮かべるだけだった。
カリストは、モニカの行動が危険でなければ否定的な態度は取らないが、だからといって盲目的に全てに協力的な人でもない。
生徒が間違った答えを出したら、後から一緒に正しい答えを考えてくれる。そんな人だ。
(何も言わないってことは先生も、リアナちゃんが私に仕えるほうが正しいと思っているのよね……)
何とかしてゲームを維持したいというモニカの気持ち自体が、間違った考えなのだろうか。
そう悩むモニカに、ブラウリオが声をかけてきた。
「モニカ嬢。俺たちに遠慮する必要はないよ。女神が現れても、リアナが聖女であることには変わりない。もともと聖女は、女神の代理なんだから。俺もリアナの守護者として、モニカ嬢を支えるよ」
(あっ……)
ブラウリオの発言で、モニカは目から鱗が落ちるような感覚を得た。
モニカにとってこの世界は乙女ゲームで、リアナは主人公。その主人公の価値が霞んでしまうような存在は、不要だと思っていた。
けれど皆にとってここは物語の中ではない。ヒロインや攻略対象など存在しないし、女神が降臨しようとも『聖女』は聖女のままなのだ。
「そうよ。これからは私が一人でしていたことを、モニカちゃんと二人ですることになると思うの。二人一緒だと、きっと楽しいと思うよ!」
にこりと微笑むリアナを見て、モニカはずきりと罪悪感を感じた。
一年生のハイキングの後。モニカの力を見てしまった皆は、モニカを聖女だと思い「聖女二人体制」で活動しようと提案してくれた。
けれどあの時のモニカは、ゲームのストーリーがめちゃくちゃに崩れるのを恐れ。モニカの力に関する記憶を、皆の心から消してしまった。
(私がもっと早くからゲームのストーリーなど無視して、皆を信じていれば。こんなに遠回りしなくてもよかったのに……)
「……リアナちゃん。ごめんなさい」
「モニカちゃんどうして謝るの?」
「リアナちゃんの気持ちが嬉しくて……。皆様も、今まで黙っていてごめんなさい」
消えてしまった記憶はもう戻らないにも関わらず、皆はあの時と同じようにモニカを受け入れてくれた。
それに対する嬉しさと罪悪感が入り混じり、モニカはしばしリアナに抱きつきながら涙を流した。
その後。再び精霊をオーブで召喚することになり、ルカの精霊はルー、ロベルトはローと契約を結んだ。
そしてミランダとビアンカの精霊は、彼女らが召喚した精霊にモニカがお願いする形に。
これも縁だろうか、モニカが初めて出会った時の風属性と水属性の精霊が召喚された。
二人もルーとロー同様に女神のそばにいたい一心で、こころよく契約することに承諾した。
ミランダが風属性の精霊『ミー』、ビアンカは水属性の精霊『ビー』。もちろん命名したのはモニカだ。
名前の法則を理解した皆が、ブラウリオの精霊は『ブー』と呼ぶべきかと問うたところ彼は、「俺の精霊はリアナのためにいるから『リー』にするよ」と彼らしい返答が帰ってきた。
聖木の森での目的を果たし終えるとブラウリオが、皆を王宮での食事会に招待した。話し合いの結果が良くも悪くも、初めに迷惑をかけたのは自分だからと。ブラウリオは皆へのお詫びと感謝を込めて準備していたらしい。
その移動途中。カリストと馬車に乗っていたモニカは、ふと気になって質問してみた。
「先生はもしかして、聖女が四人以上の守護者を得られるとご存知だったのでは?」
あの時は考える余裕などなかったが、落ち着いた今になって気がついた。女神と精霊の授業担当教師であり、勇者の子孫でもあるカリストならば、普通の人が知らない事情も詳しく知っているはず。
「まあな。あの二人が疎外感で反対するようなら、俺から提案するつもりだった」
「ではなぜ、知らないふりをしたのですか?」
「学生の頑張りは、褒める主義だからな」
カリストはそういう人だ。結果がどうであれ学生が頑張っていたら褒めてくれる先生だ。ケルベロスだと言われたモニカのネコの刺繍も、彼は「個性的なセンスは、嫌いではないよ」と未だに飾ったままだ。
「ふふ。先生のそういうところがだい――」
大好き。と言いかけたモニカは、急に言葉を詰まらせた。
二年生の初めまでは気軽に言っていた言葉なのに、今は口にしようとしただけで妙に恥ずかしさがこみ上げてくるし、心臓が忙しなく動いている。
モニカは結局「素敵です……」と、うつむきながら言い直した。
「今までみたいに、言ってくれないのか?」
モニカの気持ちを見透かしたように、向かい側に座っているカリストは前かがみになりながらモニカの顔を覗き込んでくる。
さらに恥ずかしくなったモニカは、逃げるようにして顔を窓へと向けた。
「いっ今は先生が弱っていないので、言えませんっ」
弱っている時に聞きたいと言ったのはカリストのほうだ。
それを言い訳にしながら、モニカは窓に映る自分の赤い頬を見つめた。
(はあ……。私ってば、今までなんて大胆なことを言っていたのかしら……)





