08 女神と精霊の授業2
この教師は突然、何を言い出すのだ。リアナを否定するということは、彼女を聖女だと認定した神殿を否定すること。
この地を救った女神を崇拝する神殿は、国王ですらぞんざいには扱えないほどの権力がある。好き好んで敵に回したい者など、この国にはいない。
モニカは慌てて、カリストの口を塞ぎながら辺りを見回す。けれど、モブとの会話など、聞いている者はいるはずなかった。
今ばかりは自分の体質に感謝しながら、カリストの口から手を離して、大きくため息をついた。
それから、むっとカリストを睨むが、彼は面白そうに笑みこぼしている。
「怒るな。俺の精霊は、人の目より正確だ。モニカが特別だということは保障する」
(……もしかして先生は、私が転生者だと言いたいのかしら)
それならば納得もできる。モニカのような例はそうそうないだろうから、カリストはうまくそれを伝えられないのかもしれない。
「それでも私は、このままで――」
「あーわかってる。モニカは聖女になるより、あいつの顔を見ていたいんだろ?」
「へぁ?」
カリストが視線でルカを指すので、モニカの顔は一気に紅潮した。
よりによってなぜ教師に、自分の望みを口走ってしまったのだろう。
しかもオタク用語を理解していないカリストは、「ご尊顔を拝みたい」を直訳そのままに受け取ったようだ。
モニカは、ルカの顔だけではなく、存在自体を崇拝して応援したいのだ。それと「顔が見たい」では、かなりの語弊があるではないか。
「残りの時間は、自由に森を散策していいぞ~。次の授業のヒントもあるからな~」
カリストの指示で、生徒たちは森の散策を始めた。森の各場所には、聖木の前にあるようなオーブが設置されている。それが次の授業で必要なもの。
モニカはすでにその位置を把握しているので、カリストから逃げるようにして一人で森の中を進んだ。
(もぅ……。恥ずかしかった……)
一般人にオタクの解釈を間違えられた時ほど、恥ずかしいものはない。理解しているオーラを出されるとさらに、いたたまれなくなる。
モニカは木の陰に隠れてから、ため息をついた。
この辺りに生徒たちは来ていないようだ。しばらくここにいて心を落ち着かせようと思っていると、向かい側にある低木がわさわさと揺れ出した。
リスでもいるのだろうか。モニカが見つめていると、現れたのは四体の小さなものたちだった。
モニカの手のひらサイズの大きさ。人間の赤ん坊のような身体。背中には蝶のような羽が生えている。
四体ともそれぞれ、赤・水色・黄緑・茶色の髪と瞳をしていた。
「わあ……! 精霊さんだわ」
ゲームの中で出てきた精霊とそっくりだ。モニカは思わず声に出して喜んだ。
すると四属性の精霊たちは、ぴたりとモニカと視線を合わせる。
(あっ。逃げてしまうかしら)
もう遅いが、慌てて口を手で押さえたモニカ。
けれど、精霊たちは慌てて逃げ出す……と思いきや、なぜかモニカに向かって突進してきた。
「わー! 女神さまだー!」
「女神さま! 女神さま!」
「会いたかった女神さまー!」
「女神さまの再来だー!」
「へ?」
両頬に二体ずつぴったりとくっつかれて、ぎゅうぎゅうとモニカの顔を揺らし始める。
彼らはモニカに会えて、相当に嬉しいようだ。
しかし、意味がわからない。モニカは女神ではない、ただのモブ。
聖女疑惑はあるが、それを超える存在であるはずがない。モニカはモブなのだから。
頭が物理的にくらくらしていることもあり、モニカはもう何がなんだかわからない。
とうとう、立っていられなくなり、ふらーっと倒れ込みそうになったところで、精霊四体に支えられて助かった。
「女神さまだいじょうぶー?」
「はい……。女神様ではございませんが、ありがとうございます」
体勢を立て直してお礼を述べると、精霊四体は同時にこてりと首をかしげた。
(かっ可愛い……)
通常の精霊は、契約した主人にしか姿を見せないもの。四属性同時に見られるのは、本当に珍しいこと。
そう感動したところで、ふとモニカは思い出す。
「ところで私は『属性なし』なのですが、なぜ皆さんを見ることができるのでしょうか……?」
精霊が意図して姿を現さない限りは、属性を発現させた者にしか姿を見せない。彼らとは偶然に出会ったようだが。
「女神さまは、属性なしじゃなくて、『無属性』だよ」
「属性に関係なく、精霊と契約できるんだ」
「なんたって女神さまだから!」
「だから、ぼくたちと契約して~!」
確かに歴史に出てくる女神は、四属性の精霊と契約してこの地を救った。けれど、教科書にもゲームにも『無属性』なんて言葉は出てこない。
「無属性とは初めて聞いたのですが……。もしかして、聖女様も無属性なんですか?」
「聖女は、属性なし」
「聖女には、守護者がいるもん」
「人間は一体の精霊としか、契約できないから」
それは設定どおりだ。女神の代理として聖女は生まれたが、聖女はただの人間。複数の精霊と契約するには身体に負担がかかりすぎる。それで、変わりの契約者となる守護者が生まれた。
「そして『無属性』は、おいらが考えた」
火属性と思われる赤い精霊が、「えっへん」と自慢するように小さな両手を腰に当てた。
(……真面目に聞いて損したわ)
精霊とは非常に自由な存在なので、混乱させられる場合もある。そう教科書には載っている。まさに、今の状況だ。
ちょうど授業の終了を知らせる鐘をカリストが鳴らしたようなので、モニカはぺこりと精霊たちに挨拶する。
「貴重な体験をさせてくださり感謝申し上げます。私はそろそろ帰らなければいけませんので、失礼いたいますね」
「まってー!」
「いかないでー!」
「契約してー!」
「女神さまー!」
「あいにく私は、ただの人間です。女神様にはなれませんわ」
「そんなこと言わずに!」
「お試しコースもあるから!」
「気に入らなかったら全額返金するよ!」
「今ならなんと契約金、永遠に無料!」
怪しい。怪しすぎる。
ゲームに出てくる精霊は可愛い存在だったが、意外と関わってはいけない種族なのかもしれない。
モニカはじとっと、精霊たちに疑惑の目を向けた。