76 婚約者たち5
そして迎えた、ルカとミランダの婚約式当日。
モニカは早朝に起こされて、念入りに身体のケアをされた。昼過ぎにはぐったりしつつも、ドレスに着替え、薄く化粧をほどこされ、髪も丁寧に整えられた。
「お嬢様。妖精のようにお美しいです」
完成したモニカを見たメイドたちは、達成感に浸るようにうっとりとした表情を見せている。
モニカも思わず、鏡に映る自分を凝視した。
(さすが、二大公爵家が気合を入れて作ったドレスだわ……)
薄いピンクのふわりとしたシルエットのドレスには、各所にパールが散りばめられている。
デザイン画を見せられたあと、装飾を決める際はモニカの意見も取り入れられた。ルカとミランダはこぞって大きな宝石をつけたがったが、主役はあくまで二人だ。派手過ぎないようにとの希望が叶って、優しい色合いでまとまった。
ただ、後からこのドレスに興味を示したブラウリオが「差し色が必要だ」と主張したので、リボン類などは薄い緑でまとめられている。
そのせいか花のような雰囲気になったので、確かにメイドたちが言うように妖精のような見た目に仕上がった。
「私には派手過ぎないかしら……」
色は薄いが、これはこれで目立ちそうだ。特徴のないモブ顔なのに、ドレスばかりが浮いてしまわないだろうか。
「そのようなことはございません!」
「それに、今日のパートナーも、あのビエント先生なんですよね?」
「ええ。そうよ」
「ビエント先生とお並びになったら、とても素敵だと思いますわ」
一年生のハイキング後。モニカを診察するため、頻繁にカリストが邸宅を訪問した。その影響でレナセール家では、カリストの株がぐっと上がっている。
それに加えて、攻略対象としての容姿を兼ね備えているカリストは、メイドたちにとって目の保養なのだとか。その気持ちはモニカもよくわかる。モニカも毎日のように、ルカやカリストを見て目の保養をしているのだから。体力は足りないモニカだが、目だけはいつも健康な気がする。
そんなメイドたちに「ビエント先生はいつ訪問されるのですか」とよく聞かれていた。
カリストは頻繁に、結界の穴の情報などを知らせにモニカのもとを訪れている。しかしそれを知っているのはモニカとルーだけ。久しぶりにカリストが玄関から訪問するので、メイドたちは嬉しそうだ。
「お嬢様。ビエント先生がお見えになりました!」
玄関ホールへと向かうと、カリストとモニカの両親が談笑をしているところだった。
「先生ごきげんよう。おまたせいたしました」
そう挨拶しながらカリストの前に立ったモニカは、思わず目が釘付けになった。
(わあ……! 先生、前回よりも気合が入っているわ)
衣装のセンスが良いのもさることながら、いつもは長く伸びた髪を無造作に後ろで束ねているだけなのに、今日はサイドに編み込みを入れて髪飾りまでつけている。
そんな素敵に着飾ったカリストが、モニカを見て柔らかく笑みを浮かべた。
「モニカ。綺麗だ」
「ありがとうございます……。先生こそ素敵です」
カリストが素敵すぎて、モニカは自分への「派手過ぎないか」という感想を「地味すぎないか」に修正した。
まさか、本気で着飾った攻略対象の横に立つことになるとは思っていなかったのだから仕方ない。
「ブラウリオが、そのドレスに合わせるには、これくらい着飾らなければいけないと……。髪まで巻かれたよ」
カリストは少し恥ずかしそうにしながら、後ろを向いた。彼の言うとおり毛先がカールされている。普段のカリストなら、絶対にしないであろうお洒落だ。
「ふふ。殿下のおかげで私も目の保養ができました」
二大公爵家が用意したドレスのおかげで、お互いにハードルをあげることになってしまったようだ。
口元を押さえながら微笑んだモニカは、ふと自分の袖についているリボンに目が留まった。
(このリボンの色って、もしかして……)
ブラウリオがわざわざ指定した薄い緑。カリストの髪色にそっくりだ。
彼はカリストの準備だけでなく、モニカの準備の世話まで焼いていたようだ。
この一か月間のブラウリオの行動の意味が、少し見えたような気がした。
「モニカに気に入ってもらえたなら良かった。――これは、ささやかな贈り物だ」
カリストは、手に持っていた花束をモニカへと差し出した。薄いピンクの薔薇は、今日のモニカのドレスのようだ。
「わあ、素敵なお花。ありがとうございます先生」
「邸宅へ戻ったらそれを見て、今日の俺たちを思い出してくれたら嬉しい」
カリストはモニカの手を取ると、この前のように指先へ口づけた。それを見ていたメイドたちからは小さく悲鳴が上がり、父は「ほぅ」、母は「まあ」と呟いた。
この一か月間。ずっとカリストの様子がおかしかった。これもブラウリオの策略なのだろうか。
「そちらも、殿下に言わされているのですか……?」
「これは俺の本心だ」
その後。両親は「別々の馬車で向かおう」と言い出すし、カリストは馬車の中でずっと甘い雰囲気を漂わせているわで。モニカは、カリストに翻弄されていることを悟られたくなくて、必死に平常心を保とうとした。それが成功していたかどうかは、定かではないが。
そんな試練を乗り越えつつ、フエゴ公爵家へと到着した。
ホールにはすでに大勢の招待客が集まっており、婚約式に相応しい華やかな雰囲気に包まれていた。
(皆はもう来ているかしら?)
辺りを見回していると、モニカに向けて大きく手を振っている女性が目に留まった。
「モニカちゃ~ん!」
そう呼びかけるリアナと、その隣にブラウリオ。そしてその向かい側にロベルトとビアンカもいた。
「今日のモニカちゃんすごく綺麗! 先生ともお似合いね」
「先生を念入りに着飾らせた甲斐があるよ」
リアナとブラウリオはニコニコしながら、モニカとカリストを見つめた。
(もっと早くに、二人の意味ありげな笑顔に気がつくべきだったわ……)
そうとも知らず、ただ四人との遊びを楽しんでいたモニカとしては、今さらながらはずかしくなる。
しかし、そのおかげでモニカは、カリストの気持ちを前よりも知ることができた。この前のことがなければモニカはこれからも、カリストとの距離感に不安を感じていたかもしれない。
「殿下。こちら、ありがとうございます」
モニカはこそっとブラウリオに耳打ちしながら、ドレスのリボンを指さした。これのおかげで今日は、カリストのパートナーらしく見えているはずだ。
「気が付いてくれてよかったよ。今日は楽しんで」
「はい。殿下とリアナちゃんもお楽しみください」
二人は挨拶をしなければいけない相手が大勢いるからと、すぐにその場を離れた。
今までのリアナは守護者候補かモニカくらいしか話す相手がいなかったようだが、最近は積極的にクラスメイトに話しかけている。二人は婚約するようだし、未来の王太子妃としての自覚を持ち始めたようだ。
ヒロインも順調。推しも順調。今日もとても良い日だ。
「モニカ、喉が渇いただろう? 飲み物を取ってくるよ」
「あっ、私が行きます」
「人が多いからはぐれるかもしれない。モニカは友達とおしゃべりでもしていてくれ」
「すみません。ありがとうございます」
カリストを見送っていると、ロベルトがぼそっと呟いた。
「先生は相変わらず、モニカ嬢に対して過保護ですね。親友の出る幕がなくて残念です」
「ふふ。今のロベルト様には、私に構う暇などないと思いますけど」
「それくらいの余裕はありますよ……」
ロベルトは照れたように答えた。
最近、ロベルトとビアンカは急接近している。それを後押ししたのは、他でもないモニカだ。
一か月前に初めてビアンカと交流した際、彼女はやたらとモニカを見つめていた。
ロベルトと親しいモニカを敵視しているのかと思っていたが、数日後にビアンカから「ロベルトと仲良くなる方法を教えてほしい」とお願いされた時には驚いた。ビアンカはずっと、それが知りたくてモニカを見つめていたのだ。
それからというもの、あれこれビアンカの相談に乗った。ちょうどよくブラウリオが様々な場所へ連れて行ってくれた時期なので、それで得たデートスポットにも二人で行けるよう手助けした。その成果が実り、二人はだいぶ婚約者らしく成長している。
この状況には、ビアンカもさぞ満足しているだろう。
モニカがビアンカに視線を向けると、彼女は照れているロベルトの十倍は赤い顔でうつむいていた。いや、顔だけではない。露出している肩まで全て真っ赤だ。
「ビアンカ大丈夫ですか……?」
「モニカ……」
「はい?」
「本当に……このドレスは、変ではないだろうか……」
(いまさら……?)
モニカは笑顔で首を傾げた。
ビアンカのドレスを選びに女子四人で衣装店へ行ったのは、ほんの五日前の話だ。
今までろくにスカートをはいたことがないビアンカは、今回のパーティーへもパンツドレスで出席する予定でいたという。
しかしパートナーになると約束したロベルトが、「ドレス姿のビアンカはきっと綺麗でしょうね」とスカートドレスを期待するような発言をしたために、慌てて調達するためモニカたちは呼び出された。
「ビアンカは引き締まっていてスタイルも良いから、肉体美を強調するようなドレスが良いですわ!」
と、ランジェリーと間違えられそうなほどセクシーなドレスを勧めるミランダと、
「普段かっこいいからこそ、可愛いのがいいと思う!」
と、ぶりぶりに可愛いドレスを選ぶリアナに挟まれて、ビアンカは泣きそうな顔でモニカを見つめた。
モニカは仕方なく、ミランダとリアナの意見を取り入れつつも、健全でさわやかな可愛さがあるドレスを選んだ。
あの時のビアンカは「モニカが選んだドレスなら間違いない」と即決したのに。今になって、怖気づいたようだ。
「とても綺麗ですよビアンカ。なぜそう思うのですか?」
「先ほどから……。皆が、じろじろ見てくるんだ……。きっと似合っていなくて笑われているに違いない……」
(それはビアンカが可愛いからだと思うけど?)
剣を振り回すことに情熱を燃やしてきたお嬢様は、自分の魅力に気が付いていないようだ。
かといって、ビアンカに魅了されていると教えたら、女性らしさに慣れていない彼女はさらに居心地が悪くなりそう。
「ロベルト様は感想をおっしゃってくれなかったのですか?」
「ロベルトは、可愛いとか……、綺麗だとか……。でもそれは、お世辞だ! ロベルトはっきりと言ってくれ! 今日の私は見るに堪えないのだろ!」
涙目でロベルトの胸元へと掴みかかったビアンカを前にして、ロベルトは敗北したようにため息をつきながら天井を仰ぎ見た。
今のロベルトにとっては彼女の発言どおり、見るに堪えないほど可愛く思えるのだろう。
ロベルトとビアンカが急接近した理由は、まさにコレだった。
いつもはロベルトが必要ないほど、武人のように強くて堂々としているビアンカだが、デートへ行くと急に弱気になってロベルトなしではいられなくなるのだとか。
そのギャップがこの上なく愛おしいらしい。
「モニカ嬢すみません。ビアンカをなだめてきますので、失礼いたします」
(そうよね。こんなに可愛いビアンカを他の男性には見せたくないものね)
「ごゆっくりどうぞ」
しっかりと自身のマントを彼女に羽織らせているロベルトの姿が、なんとも微笑ましい。
(他人の恋を見守るのって楽しいわね)
モニカはほくほくした気分で二人を見送ってから、遠くに見えているカリストのもとへと向かおうとした。
しかし、それを遮るようにしてモニカの前へ立ちはだかる者がいた。
「レナセール嬢ですよね?」





