75 婚約者たち4
「それにしても……、いつもつき合わせて悪いな」
カリストが急に謝ってきたので、モニカはこてりと首をかしげた。
「私は楽しいですけど……。なぜ先生が謝るんですか?」
「あいつらの興味を引いてしまったのは、俺のミスだ……」
どうやら、カリストが詳しく言いたがらなかったブラウリオとの登校に関するやり取りと、この状況が関係あるようだ。
しかしモニカには特に被害があるわけでもなし。どちらかというと、皆で遊ぶ機会が増えて嬉しい状況だ。
「むしろ、学生の遊びにまでつき合わせてしまって、こちらのほうが申し訳ないです」
放課後にモニカの訓練に加えて遊びにも付き合っているせいで、カリストの研究時間を奪っているような気がしていた。
「いや。俺も楽しいと思っている。……だが、あいつらは婚約の準備中だが、俺たちは違うだろう? 年頃のお嬢様を連れまわして良いものか……」
カリストが何を心配していたのか気がついたモニカは、ぽかんとしながらカリストを見つめた。
「先生、そんなことを気にしていたんですか?」
「気にするだろう。俺は力のない男爵家の養子で、職業も影響力のない教師だ。そのような男がモニカの周りをうろついていたら、モニカの父親もよく思わないはずだ」
(先生は、見えないところで影響力がありそうだけれど……)
国にとっては機密事項である、結界の穴の情報を簡単に入手してしまえるし、王家へ礼儀を尽くさなくても許されているような雰囲気がある。
そしてなにより、ブラウリオが寄せる絶対的な信頼。ブラウリオがわんこのように懐いているせいか、はたまたカリストが堂々とした性格すぎるせいか、二人の立場が逆転しているように見えることすらある。
彼は呪いのせいで家門から追放された身とはいえ、勇者の子孫としてそれなりの存在感があるように思える。
けれどカリストがそのような存在であることを知るのは、女神降臨に関する正しい歴史を得られる、ごくごく一部の人たちのはず。
モニカが知る限りでは、カリストの生家と、彼を引き取った乳母の男爵家。それから代々、呪いを少しずつ解くと契約している神殿。立場的に王家も知っていると推測できる。それぞれに属している者のどこまでが、カリストの呪いを知っているかまではわからないが。
国の中枢に大きく関わっているように見えるカリストだが、一般人から見たら彼の言葉どおりに、男爵家の養子でただの教師だ。
(だからといって悪人でもないのに、何を気にする必要があるの?)
モニカにとっては、カリストだけがモニカの境遇を知っていて、女神のオーラに影響されることなく接してくれる唯一の人。そこに爵位や職業などは関係ない。
「……先生はいつか、私の守護者になってくださるのですよね?」
「モニカが気持ちを変えない限りは、俺はそれを望んでいる」
「私もそうです。安心してずっと一緒にいられるのは、先生だけなんです……」
それにも関わらず、カリストはモニカの世間体を気にして距離を開けようとしている。リアナが無事にハッピーエンドを迎えるまでは、教師と学生以上に親しくしてはいけないのか。
(そんなの嫌よ……。ずっと一緒にいたいから、守護者になってほしいとお願いしたのに。それが叶うまで一緒にいられないなんて、悲しすぎる……)
モニカは、大人げないと思いながらも、溢れてくる涙を止められなかった。
人に認識してもらえなくてずっと寂しい人生だったが、これほど誰かと疎遠になることに悲しさを覚えたのは初めてだ。
「ですから……、距離を開けるような悲しいことを言わないでください」
涙を浮かべながら、袖を掴んで引き留めようとしているモニカ。それを目にしたカリストは、なんて馬鹿な考えに囚われていたのかと悔やんだ。
もしも家門から追放されなければ、モニカを十分に守り幸せにできる地位を得ていた。呪いのせいでそれが叶わず、立場が低い今の状況を卑屈に考えてしまっていた。
一度は諦めて吹っ切れた境遇だったのに、守りたい者ができた途端に、未練が押し寄せてきた。
けれどモニカがカリストを守護者にと望んだ理由に、上辺の地位など関係ない。
『安心してずっと一緒いられる人』
ゲームの設定に振り回されて来たモニカが望むのは、設定が変化しても態度や気持ちが変わらない相手。それだけは、自信を持つことができる。
それに、呪われた勇者を置いて天へと帰った女神とは違い、モニカは一緒にいることを改めて望んでくれた。
同じ魂を持つ二人だが、今のモニカは違う。呪われていても一生を共に歩んでくれる。
それが結婚なのか、ただの守護者なのかは今後にかかってくるが、少なくともカリストの自信を付けるには、十分な材料となった。
カリストは、不安でいっぱいな様子のモニカをすぐにでも安心させたくて、思いきり抱きしめた。
「余計な気を回して悪かった。距離を開けたりはしない。俺はこれからもずっと、モニカのそばにいたい」
勢いよく抱きしめられたせいで、モニカは驚いて涙がぴたりと止まった。これまでもカリストと密着する場面は何度もあったが、このように抱きしめられるのは初めてだ。
(今……。先生が、私のそばにいたいって……)
守護者になりたいとは望んでいたカリストだが、モニカ自身を望んだのは初めてだ。
涙が止まった代わりに、急に心臓が忙しなく動き始めた。
「本当……ですか? またこうしてお会いできますか?」
「ああ。モニカが嫌でなければ、また二人で出かけたりもしよう」
完全モブ期間には、モニカが一人で買い物できないのでカリストに付き合ってもらったり、気晴らしに付き合ってくれたりもしていた。
二年生になってからは、モニカが人に認識されるようになったので途絶えていたが。
「わあ……。嬉しいです。実は先生と一緒に行きたい本屋さんがありまして」
思わず笑みを浮かべながらカリストを見ると、彼は「笑顔が戻って良かった」と言いながら、モニカの目元に残っていた涙を指で拭い取った。
一瞬前までは、カリストが離れて行くのではないかと泣いていたのに。本当に子どもっぽいと、モニカは恥ずかしくなる。
「あの……情緒不安定ですみません。いつもはこんなことないのに……」
「俺が不安にさせてしまったんだ。本当にすまなかった。許してくれるか……?」
「許すなんてそんな――」
日頃からもっと、カリスト自身に価値があると伝えていれば、彼は地位など気にすることもなかったはずだ。
お互いに気持ちを伝え合っていなかった末の出来事なので、許すもなにもない。
モニカはそう思ったが、けれどカリストの先ほどの言葉が本当なのか確かめたくなった。
「その……。水に流す代わりに、お願いがあります」
「なんだ? 他人のためでない願い事なら嬉しいが」
「これは単に私の希望です。ルカ様とミランダ嬢の婚約パーティーで、パートナーになっていただきたいのです」
当日は家族で出席するつもりだったが、カリストがパートナーになってくれるなら嬉しい。
それにこの提案をすることで、モニカの父がカリストとの交流を反対していないことを証明することができる。
「俺で良ければ、ぜひ引き受けよう」
カリストにはもう、迷いはないようだ。
爽やかに微笑んだ彼は、それからモニカの手を取ると、「約束だ」と言いながら指先に口づける。
スチル級の光景が目の前に溢れて、モニカの顔は反射的に赤く染まった。
そして迎えた、ルカとミランダの婚約式当日。





