74 婚約者たち3
「…………二人とも少し、落ち着いてくれないか」
きゃっきゃとはしゃぐ二人を見ながら、カリストは脱力したようにため息をついた。
「それから、今日のようなことはもう止めてくれ」
「今日のようなとは?」
「不自然にモニカと俺をくっつけようとする行為だ。モニカは意外と感が鋭い。気づかれるようなことはしないでくれ」
それを聞いたブラウリオとリアナは、不満そうな顔になる。
「先生。恋愛は相手に気づいてもらわなければ、何も始まらないのですよ」
「そうよ。モニカちゃんは人気なんだから、うかうかしていたら誰かに取られてしまいますよ」
「俺は、モニカが卒業するまでは行動を起こさないつもりだ。だから、ただ見守るだけに留めてほしい」
少しでもブラウリオが登校する気になればとの考えで、モニカへの気持ちを打ち明けたが。まさかここまで協力姿勢を見せるとは、カリストは思いもしていなかった。
今日はモニカがかなり怪しんでいた。すぐにでも対策しなければと二人を呼んだのだ。
「なぜ、モニカ嬢の卒業を待つ必要があるんですか?」
「俺は教師で、モニカは学生だからだ」
「在学中に、教師と学生が婚約した例はないのですか?」
「ある」
「教師の規則に、学生と恋愛してはいけないという項目でもあるんですか」
「いや、ない」
貴族の結婚は、家門同士の大切な契約でもある。それを学業に差しさわりがあるからと禁止にはできない。
貴族家門に属するカリストが、モニカの在学中に結婚を申し込もうと自由であり、それを学園の規則で禁止することは貴族に対する越権行為となる。
平民のリアナならまだしも、カリストがそれを理解していないはずがない。
「ではなぜ……?」
不思議そうに尋ねるブラウリオに対して、カリストは不安な様子で表情が曇る。
「俺がモニカにふさわしいかどうか、考える時間が必要だ」
カリストの呪いにはわずかに、祖先である勇者の記憶が残っている。
そのせいか、モニカが女神だと知った際には、「守らなければ」という強い気持ちがこみ上げてきた。
けれど記憶によると、お互いに惹かれ合っていた勇者と女神の恋は実っていない。女神は呪われた勇者を置いて、天へと帰ってしまった。
女神にとっては、呪われた勇者と添い遂げるよりも、天界のほうが幸せな場所だったのだろう。
今のモニカに、その頃の記憶があるようには思えない。ただ、モニカの幸せを考えると、呪われた自分が相手ではふさわしくない。カリストはその考えが拭えずにいた。
「どうしてそんなふうに……」
尋ねるリアナを、ブラウリオが手を掴みながら首を横に振った。
「先生は全てを諦めるしかなかったのですから、せめてモニカ嬢と幸せになってください。……でなければ、俺も幸せにはなれません」
「お前が気に病むことでは……」
「気にしますよ。俺にとって先生は大切な人なんですから。――それに、モニカ嬢は貴族令嬢ですよ。今まで婚約者がいなかったことが不思議なほどです。どうか、後悔だけはなさらないでください」
少しの沈黙が流れた後。カリストは「モニカが来る。今日はこれまでにしよう……」と呟いた。
その言葉どおり、すぐに扉をノックする音が聞こえてきた。
(今日は少し遅く来るように言われたけれど、先生の用事は終わったかしら?)
そう思いながらモニカが扉の前で待っていると、扉を開いたのはブラウリオだった。
「殿下。リアナちゃんも……?」
「モニカ嬢を待たせてしまってごめんね」
「いいえ。私も図書館に用事があったので、お気になさらず」
(用事って、殿下とリアナちゃんだったのね)
無事に登校を再開した挨拶でも、改めてしていたのだろうか。そう思いながら二人を見送ろうとしていると、ブラウリオがにこりとモニカへと笑みを浮かべる。
「そうだ。先生との用事が終わったら、四人でカフェにでも行こうよ」
「私もモニカちゃんと遊びたいわ。行こうよモニカちゃん!」
リアナたちとどこかへ出かけるのは、本当に久しぶりだ。モニカも自然と笑みを浮かべる。
「わあ! 嬉しいです。あっ……ですが、先生に教わることがあるので、お待たせしてしまいますよ……?」
「気にしないで。俺たちも図書館に用事があるから。後で落ち合おう」
「はいっ」
二人を見送ってからモニカは、ハッと思い返した。ブラウリオは思いつきで話していたように見えたが、カリストの了承は得たのだろうか。
「あの……。先生はご予定、大丈夫でした?」
今日のカリストはなんだが、疲れているように見える。余計な用事を作ってしまっただろうか。
しかしモニカの心配をよそに、カリストは柔らかく笑みを浮かべた。
「モニカが行きたいなら付き合うよ。今日は訓練を早めに切り上げようか」
そのような四人での交流が、かれこれ一か月は続いていた。
モニカとカリストが、リアナとブラウリオを学園へ来させようと努力したことがよほど嬉しかったようで。お礼とばかりに食事や、お芝居、ボート遊びなど、さまざまな場所へと連れて行ってくれた。
とくにモニカへの、ブラウリオの変わりようは凄まじく。リアナとどれだけ仲良くしても不満を持っていない様子であり、なんならブラウリオ自身がモニカへ愛嬌を振りまいているほどだった。
「モニカ嬢! こちらへおいでよ。君が好きそうな花が植わっているよ」
「モニカちゃん! このお花とっても可愛いわよ!」
「あっ……はい。今、行きますね」
(人って、こんなに変われるものなのね……)
ブラウリオが、モニカの好みを把握する日が来るとは。この一か月での変貌ぶりに改めて驚きつつモニカは、花壇の前で手招きしている二人へ追いつこうとした。
しかし、それを阻止するようにカリストに腕を掴まれる。
「モニカ。疲れているんじゃないか? そこのベンチで少し休め」
「まだ大丈夫――」
そう言いかけたモニカの言葉を遮るようにカリストは、ブラウリオに向けて「俺たちは少し休憩するから、先に行っててくれ」と声をかけた。
ブラウリオとリアナはとても楽しそうに「そうします。ごゆっくり!」と言い残してその場から駆け足で去って行った。
「いつもすみません先生」
ベンチへ誘導されたモニカは、ほっと息を吐きながら腰を下ろした。
今日は、王族専用の温室を見せてくれると言うので、四人でここまで来た。けれどこの温室へ到着するまでも外の庭園を散歩してきたので、モニカはそこそこ体力を消耗していた。
カリストは精霊の目をとおしてその変化を、手に取るように把握できているのだろう。いつも、辛くなる前に休憩させてくれる。
「それにしても、モニカのその体力だけは訓練の成果が現れないな。元から身体が弱いのか?」
カリストも隣に腰を下ろしながら、モニカの様子をうかがっている様子。
彼との訓練のおかげで、女神の力を使っても倒れることはなくなったし、今では結界の穴を塞いだくらいではほとんど疲れ知らずだ。
訓練を重ねることで身体の強化にも繋がるそうだが、体力だけは一年生の頃とあまり変わっていなかった。
「お医者様から、そのような診断を受けたことはありませんが……。モブ人生でしたので、外で身体を動かす機会が少なかったせいかもしれませんね……」
モニカはどきりとしながら、そう答えた。
本当はルーと契約した後からの症状だが、それ以前のモニカをよく知らないカリストにはまだ気づかれていない。
本来は属性を持っている者が、属性に合った精霊と契約する。それに比べてモニカは、属性がない状況で火属性のルーと契約した。
ルーはモニカのことを『無属性』と呼び、属性に関係なく精霊と契約できると説明した。きっと女神がそうだったのだろうが、現在のモニカは人間。思わぬ負荷がかかっている気がする。
ただ、この推測をカリストには話したくない。話せばきっと、ルーとの契約を解除しろと言われるから。
幸いと言うべきかモニカは、モブ人生だったので遊び相手もたまに会うルカくらいしかいなかった。そのせいでわりとインドアな暮らしをしてきている。
今ほどひどくは無かったにせよ、ルカなどに比べたら体力は雀の涙程度だ。
(もしかして本当に、外でたくさん遊んで元気いっぱいに育っていたら、ルーとの契約くらいではこうはならなかったのかしら……)
言い訳として考えたものだが、本当にそうなのかもしれないという考えが浮かんできた。
モニカは今まで自分は普通で、ルカの体力がありすぎるだけと思っていたが、そもそも比較対象が少なすぎた。
「モニカはまだ成長期だ。これから少しずつでも体力は養われるさ」
カリストは、ぽんとモニカの頭をなでた。
(先生。慰めてくれているのかしら……?)
「はいっ。これからも訓練をがんばります」
ルーの分で減った体力は、訓練で補えば良い。カリストが言った「成長期」という言葉に、とてつもなく希望を持てる。
「それにしても……、いつもつき合わせて悪いな」
カリストが急に謝ってきたので、モニカはこてりと首をかしげた。
「私は楽しいですけど。なぜ先生が謝るんですか……?」





