73 婚約者たち2
(なんか……。今日の二人って、少し変よね……)
久しぶりに会うせいだろうか。それにしても今日のブラウリオは、やたらと何かを気にしているように思える。
そして、その理由を知っていそうなのがカリストだ。
カリストへ視線を向けると、彼は捨てられた子犬みたいにクゥンと鳴きそうな顔をしていた。
「俺も……。久しぶりにモニカのバケットサンドが食べたいのだが……」
いつもなら、このくらいの望みなら割と堂々と要求してくる人なのに、今日に限ってどうしたのだろう。
(謙虚な先生が可愛すぎるわ)
モニカは思わずにやけそうになる口元を、慌てて手で隠した。
こんなカリストを見てしまったからには、ぜひとも叶えてあげなければいけない。
モニカはルカにお願いして、皆へもバケットサンドを分けてもらうことにした。
そうして始まった食事会。
ブラウリオは皆に食事を振る舞いながら、心配をかけてしまった経緯をはなしてきかせた。
内容はほぼ、モニカが見聞きして懸念したとおり。ブラウリオは、リアナが悪評に晒されるのを恐れて過剰にリアナを隠してしまったのだとか。
「今にして思えば、皆の協力も願うべきだったんだ」
ブラウリオは単独行動で心配をかけてしまったことを、心から悔いている様子。
「無理もありません。貴族の中には、平民出身の聖女が気に入らない者も少なからずいますから。そういう者たちが、おもしろおかしく聖女批判をしておりました。ほとんどの学生は、相手にしておりませんでしたが」
「あの時の失敗で……?」
ロベルトの発言に、リアナは驚いたような表情で聞き返した。あの時のリアナは、自分のできる限りで結界の穴を塞ごうと、精一杯がんばっていた様子だった。
それを批判する者がいるとは思いもしていなかったようだ。過剰に悪評を心配するブラウリオに対して、リアナはそこまで失敗を気にしていなかったのかもしれない。
それはそうだろう。王族と平民では、失敗に対する周りの影響に天と地ほどの差があるのだから。
仮にブラウリオが失敗が絶えない人物だったなら、王太子の資質が問われ、王位継承に対して波乱を招く恐れがある。慎重に慎重を重ねるのも無理はない。
「止めろロベルト! だから、学園へは来させたくなかったんだ……」
たとえ過ぎた話だとしても、ブラウリオはリアナの耳には入れたくなかったようだ。
「殿下。リアナ嬢を無知にさせるおつもりですか? そのようなお考えでは、この先もやっていけませんよ」
冷淡な印象があるロベルトだが、実際に厳しい発言をするのは珍しい。
「ロベルト。ブラウリオをあまり責めないで。私が弱いせいでブラウリオに負担をかけてしまったのよ……」
「リアナのせいではないよ。これからも俺が守るから」
お互いをかばいあうブラウリオとリアナを見ていたミランダは、「はぁ」と大きくため息をついた。
「話に聞いていた以上に、頼りないですわね。このようなお二人を支えなければいけないとは、公爵家の者として気が重いですわ」
「ミランダ嬢……」
せっかく二人が登校を再開してくれたのに、皆で厳しく責めたてたら、また不登校になってしまうかもしれない。それが心配なモニカは、ミランダの袖を引いた。
けれどミランダは「私にお任せくださいませ」と、モニカへにこりと笑みを浮かべた。
(何か考えがあるのかしら?)
ブラウリオとリアナへと視線を戻したミランダは、びしっと二人へ扇子を突き出した。
「私とルカ様の、ラブラブ結婚生活を邪魔したら許さなくってよ!」
「いや。それはねーし……」
隣でぼそっと呟くルカに対して、ミランダは「ルカ様?」と怖いくらいの極上の笑みを浮かべる。ルカは、急に姿勢を正した。
「お前ら。ミランダの機嫌を損ねたら許さないからな」
(ルカ様……。完全に、ミランダ嬢のお尻に敷かれているわ……)
擦れた性格に育った推しが、ヒロインによって更生させられるのではなく、このような状況になるとは。思っても見なかった未来だ。
ただ、それだけルカは、ミランダの気持ちに寄り添っているということだろう。ルカの性格ならば、本気で嫌なら大人しく尻に敷かれたりしないだろうから。
推しの成長が想像よりも斜め上方向だが、これも良し。新たな推しの一面の発見だ。
「ごめんね……。公爵家には迷惑をかけないようにするから……」
ブラウリオは圧倒された様子でそう返した。
「そのような頼りない言葉では、安心できません。ですからお二人には、私の監視下に入っていただきますわ」
(監視下……?)
「それはどういう……」
聞き返すブラウリオだけではない。その場にいるほとんどの者が、同じ疑問を感じているような表情だ。
「もうすぐ私たちの婚約式がありますの。その際に、こちらにいらっしゃる皆様を、私たちの友人として紹介させていただきたいのです。このメンバーが揃えば、貴族たちも下手な批判などできませんわ」
ミランダは「本当はモニカ嬢だけの予定でしたが」とモニカへと意味ありげに微笑む。
二人の婚約を知った日。ミランダはモニカへ感謝し、婚約式では皆にモニカを紹介したいと提案した。
その紹介の場で、ここにいる全員を友人だと紹介するつもりのようだ。
(もしかして……。私が願ったから……?)
貴族が集まる場で正式に友人だと紹介することには、大きな意味がある。後ろ盾となる意味だったり、実質的な派閥の宣言だったり。敵対する者に対しての大きなけん制となる。
そしてこのメンバーを紹介するということは、実質的に未来の国王を支える者たちを周知させるようなもの。ロベルトたちがどう思うかはわからないが、少なくとも二大公爵家は次の代も王家を支えるという宣言になるだろう。
モニカは、リアナとブラウリオが悪評を心配することなく学園生活を送れるよう、皆へと相談をした。それがまさか、ここまでスケールの大きな話になるとは思わなかったが、これほど確実な方法はない。
「もしかして、俺たちの後ろ盾になってくれるの……?」
あまりに唐突な話だったためか、ブラウリオは拍子抜けした様子で聞き返した。
それに対してミランダは、はっきりと「違いますわ」と宣言する。
「これはあくまで、恩人であるモニカ嬢のためですの。モニカ嬢がお二人の未来を案じられるならば、私たちが憂いを晴らすまで。これからはモニカ嬢が悲しまないように、きっちりと監視させていただきますわ」
あくまで監視のため。監視するためには近くにいる必要がある。だから王太子側につかなければならない。なんと極端な思考だろうか。
(どうしよう……。私の推し活のために、二大公爵家に重大な決断を迫ってしまったわ……)
しかしリアナのことに関しては、無事にハッピーエンドを迎えてもらわなければ国が危機に陥ってしまう。二大公爵家が二人を支えてくれるなら、これほど安心できることはない。
「そういうことでしたら、僕も協力させていただきます。モニカ嬢は大切な親友ですから」
「私は婚約者として、ロベルトに従うまでだ」
ロベルトとビアンカもあっさりとそれを受け入れた。現宰相の息子と、国の重要拠点とも言える辺境伯の令嬢まで支持するとなると、ブラウリオとリアナに対する貴族の期待値はさらに高まるだろう。
「モニカ嬢って……」
「モニカちゃんってすごい……」
ブラウリオとリアナは、言葉も浮かんでこない様子でモニカを見つめた。
「私はなにも……」
モニカはただ、皆へと相談をしただけだ。具体的な解決策もなかったモニカを助けてくれたのは、カリストであり、今ここにいる皆だ。
しかしその皆が行動を起こす気になったのは、モニカの存在があったからだ。皆の行動力に圧倒されっぱなしのモニカには、その考えに至る余裕すらなかったが。
「モニカ嬢、そして皆……。本当にありがとう」
味方を作り地位を固める。リアナとブラウリオが決意したことを、モニカがあっさりと叶えてくれた。
二人は心から感謝しながら、深々と頭を下げた。
放課後。カリストの研究室には、ブラウリオとリアナが訪れていた。
「先生が招待してくれるなんて嬉しいです」
「わあ。本当に先生が淹れてくれたハーブティーは美味しいのね」
「だろう? 最近はモニカ嬢のために見た目まで意識しているんだよ」
「先生って意外と尽くすタイプなのね」
「そうなんだ。このティーセットだって、わざわざ選ぶのを付き合わされたんだから。あの時に気がつくべきだったよ」
「…………二人とも少し、落ち着いてくれないか」
きゃっきゃとはしゃぐ二人を見ながら、カリストは脱力したようにため息をついた。





