72 婚約者たち1
「よろしければ、皆様と一緒に食べませんか?」
モニカがそう提案すると、ブラウリオはなぜか、悩まし気に額へ手を当てながら「先生……」と呟いた。
お昼休み。ブラウリオは皆に心配をかけたという名目で、王家専用の休憩室での昼食会へと招待してくれた。
モニカもこの休憩室の鍵はもらっているが、実際に入室するのは久しぶりだ。モニカ同様にルカとロベルトも久しぶりの様子。
休憩室への移動中にロベルトは、こそっとモニカの耳もとで「一年前に戻ったようで嬉しいです」と気持ちを打ち明けた。
(ふふ。ロベルト様はこういうところが可愛いのよね)
ここにいる四人の攻略対象の中では最も淡泊な性格に見えるが、心の中は皆と負けないくらい、人との繋がりを大切にしている。
モニカもゲームプレイ中は気がつかなかったが、こうして親友となったおかげで彼の本心を知ることができた。
このことは、リアナに留まらず皆に知ってもらいたい。
休憩室へと到着すると、「皆、好きな席へついてよ」とブラウリオが声をかけた。それにならって、真っ先にダイニングテーブルへと向かったのはルカだった。
「モニカ、俺たちと並んで座ろうぜー」
「モニカ嬢は私のお隣へいらっしゃいませ」
「はいっ」
最近はミランダの隣がモニカの定位置となりつつある。二人に呼ばれてモニカはいそいそと、ついていく。
幼い頃のミランダは、ルカとモニカの関係が羨ましかったそうだが、今では三人で幼馴染気分だ。
「わー! 私もモニカちゃんの隣がいい!」
モニカの後をついてきたリアナは、嬉しそうにモニカへと微笑んだ。
午前中のリアナはなにかと忙しそうだったので、やっとゆっくりと話せそうだ。
モニカも笑顔でうなずこうとしたが、向かい側からブラウリオが咳払いする。
「リアナは、俺の隣へおいでよ」
(殿下がはっきりと主張するなんて珍しいわ)
今まではリアナの気持ちを尊重してなのか、もの言いたげな顔を向けるだけなのに。
ヤンデレ化は解除されたようだけれど、独占欲だけは増したままなのだろうか。
(けれど、これくらいなら普通の恋人同士よね?)
「そっ、そうだった。モニカちゃんの隣は先生にお譲りします」
そそくさとリアナは、ブラウリオの隣へと駆け寄った。しかし、なぜかリアナに指名されて席を譲られたカリストは、微妙な表情を浮かべている。
(先生も殿下と一緒に座りたかったのかしら?)
「先生。殿下のお隣も空いてますよ?」
「……いや。ここでいい」
やや困り顔のカリストに、モニカは首を傾げた。
ほぼ席が決まり、空いているのはモニカとカリストの向かい側だけ。
「席決めが騒がしいのはいつものことですので、僕たちは余った席へ座りましょう」
「ああ……。失礼する」
そうして二人で席についたのは、ロベルトと彼の婚約者だ。
(そういえば、ロベルト様の婚約者様とご一緒するのは初めてだわ)
教室でブラウリオが昼食会を提案した際に、ミランダが彼女も誘ってほしいとお願いしたのだ。
ミランダと彼女が親しい雰囲気は、教室で見たことはない。婚約者がいる者同士、ミランダなりの配慮だったのだろうか。
「皆の席が決まったところで、ロベルト。彼女を紹介したら?」
ブラウリオに促されたロベルトは、こくりとうなずいた。
「お気遣いに感謝します殿下。――皆様。クラスメイトなのでご存知かとは思いますが、こちらは僕の婚約者でビアンカ・ソルダー嬢。ソルダー辺境伯家のご令嬢です」
「ビアンカ・ソルダーだ。辺境領地で剣を振り回しながら育ったゆえ、令嬢扱いは苦手なのだが……。よろしく頼む」
ビアンカはまるで、騎士のような雰囲気で挨拶をした。
彼女はこの学園の女子学生の中でただ一人、制服のスカートではなく男子学生と同じくスラックスを履いている。
長い赤髪をいつもポニーテールでまとめており、凛々しい姿に思わずときめいてしまいそうな雰囲気がある。
ここが女子校ならば、確実にファンクラブができていたであろう。
「やっぱ騎士なのか! 今度、俺と手合わせしてくれよ」
剣と聞いて真っ先に、ルカが反応した。どうやらルカは、前々から彼女に目を付けていたようだ。剣を持つ者同士で、感じるものでもあったのだろうか。新たな対戦相手を見つけて嬉しそうだ。
「正式な騎士であるフエゴ卿とは違い、私はまだ見習いだ。けれど、私も実は手合わせしたいと思っていた。近いうちにぜひ」
(二人にこんな裏ストーリーがあったのね!)
サブイベントなどでは、メインストーリーでは知ることができない日常を垣間見ることができるが、二人のこのような関係はサブイベントでも見たことがない。
そもそも攻略対象が、他の攻略対象の婚約者と何かをする場面などレア中のレアだ。
(新しいサブイベントを発掘できるなんて夢のようだわ! 手合わせする時は絶対に見に行かなきゃ!)
これこそゲームでは味わえないリアルの醍醐味だ。モニカが瞳を輝かせていると、ふとビアンカと目があった。
ビアンカはじっと観察するように、モニカを見つめ出す。まるで対戦相手の隙でも、つけ出そうとするように。
見つめられたモニカは、猛獣にでも睨まれたような気分で緊張する。
(もしかして、私とロベルト様の関係を誤解しているのかしら……)
ロベルトは、婚約者とは「フェアな関係」だと話していたが、そう思っているのは彼だけかもしれない。
かといって異性の友人をどう思っているのか、直接尋ねるわけにもいかない。モニカは、彼女がどう思っているのか探ることにした。
「私のことは気軽にモニカとお呼びください。ビアンカ様とお呼びしてもよろしいですか?」
先ほどは、令嬢扱いが苦手と話していたので、敬称は『嬢』より『様』のほうが良い気がする。ただモニカを嫌っているなら、どちらで呼ばれても不快にさせてしまいそうだが。
どきどきしながらビアンカを見つめると、彼女は意外にもわずかに笑みを浮かべた。
「気遣いに感謝するモニカ。けれど私のことも呼び捨てで呼んでくれてかまわない。皆もそうしてくれ」
(意外と好意的だわ……)
それにどことなく、ロベルトと雰囲気が似ている気がする。
相手に心を開く姿勢を見せてはいるが、素っ気ない雰囲気が災いして人との間に距離が開いてしまいそうな。
実は二人は、似た者同士の婚約者なのかもしれない。
「それでは、昼食会を始めようか。俺たちが心配かけてしまった分、料理はたくさん用意したよ」
ブラウリオの合図で、給仕たちがテーブルにたくさんの料理を並べ始めた。
(わあ。美味しそう……!)
王宮の公式晩餐会にでも招待されたかのような豪華な食事。お詫びとしてブラウリオは、かなり張り切ってくれたようだ。
「あー。俺のことは気にしないでくれ。俺はこっちを食べるからさ」
しかし、見慣れたバスケットをテーブルの上に置いたルカを見て、モニカは盛大に申し訳なくなる。
ルカはどのような豪華な食事を前にしても、バケットサンドが食べたい人なのだ。
もはやモニカのバケットサンド中毒者と言っても過言ではない。怪しい薬草などは一切入れていないが。
「それ、まだ作ってもらっていたの…………?」
ブラウリオは信じられないような表情を浮かべた。
「当たり前だろう。俺の活力剤なんだから」
「モニカ嬢はお優しいので、私の分も作ってくれますのよ」
ミランダはトングを手にして、ルカから分けてもらう準備を整えている。中毒者その二だ。
ブラウリオはなぜか、かわいそうなものでも見るかのようにカリストへと視線を向けてから、モニカへとぎこちなく笑みを浮かべた。
「俺も久しぶりに、モニカ嬢のバケットサンドを食べたいな」
それからブラウリオは、くいくいっと肘をリアナへと押し当てる。
「わっ! 私も! モニカちゃんのバケットサンド食べたい!」
リアナは言わされている感が満載の声を上げた。
(なんか……。今日の二人って、少し変よね……)





