07 女神と精霊の授業1
その翌日。
「おはようございますルカ様。今日もお隣に座ってもよろしいでしょうか」
「…………」
やはり昨日の昼食後から、ルカはモニカに気づかない状態へと戻ってしまったようだ。
(せっかく教室でも、おしゃべりできると思ったのに……)
自分のモブ体質を恨めしく思いながらも、やはり今日のモニカもちゃっかりルカの隣に腰を下ろす。
そして問題児な推しの世話を、甲斐甲斐しく焼くのだ。これはこれで、モニカとしては楽しくもある。
けれどやはり、ルカには気づいてほしい。
彼はゲームの中の推しであったが、今のモニカにとっては大切な幼馴染でもある。
仲良くしたいなどと、高望みはしない。せめて、認知されたい。
今日は初めての『女神と精霊の授業』がおこなわれた。
学園の奥にある森には、『女神が、天から舞い降りた場所』として伝えられている聖木がある。
――当時、この土地は魔獣がはびこる荒れ果てた大地。聖木の力によって辛うじて草木が生きながらえ、その恩恵によって人間も、絶滅の一歩手前で留まっていた。
このままではいずれ聖木は力を失い、植物も人間も絶えてまう。
この地を救うために天から舞い降りた女神は、四大精霊と契約を結び、彼らの助けを得て荒れ果てたこの地を安寧へと導いた。
女神は天へと帰る際、聖女を生み出し、この地を守る役割を与えた。
それ以来、聖女はこの地を守る役目を女神から引き継ぎ。彼女を助ける役割は精霊に代わり、それぞれの属性を持つ守護者となった。
その歴史を学び、属性を持つ者はその身に精霊を宿すのが、この授業の目的。乙女ゲームの大切な要素でもある。
今日は初めての授業として、属性の有無を調べ、眠っている属性能力を発現させる。そのために、聖木のもとへと集まった。
聖木の前には、豪奢な台座が設置されており、そこに人間の頭ほどある大きなオーブが鎮座している。
そのオーブの横に立ったカリストが、生徒たちを見回しながら説明を始めた。
「このオーブに触れると、属性の有無を調べることができる。属性を持っている者は同時に、能力を発現させることになる。火属性は赤、水属性は水色、風属性は黄緑、土属性は茶色に光るからな」
試しに、とカリストがオーブに触れてみると、オーブは黄緑に変化する。生徒たちが「おお」と歓声をあげた。
「俺には色は見えないが、黄緑に変化しているだろう?」
そうカリストが尋ねると、生徒たちは意味がわからず小声で囁き合う。カリストはしたり顔で、自身の瞳を指さした。
「俺は目が見えないのだが、今はこの目に精霊が宿っている。おかげで物の形や色は見えないが、精霊が伝えてくる雰囲気や感覚でほとんど不自由しなくなった」
「ちなみに」とカリストは、生徒の一人を指さす。
「君は朝食を抜いたせいで、身体の細胞がご機嫌ななめらしいぞ」
「えっ、そんなことまでわかるんですか!」
言い当てられた生徒が驚いたことで、カリストに向ける生徒の眼差しは一気に羨望へと変わった。
(ふふ。このくだりは、ゲームのストーリーにもあったわね)
精霊と契約することで得られる能力は人それぞれだが、カリストの能力は非常に珍しいもの。
精霊が特殊な存在であることを教えるには、とても良い例だとして、カリストは毎年この機会を楽しみにしているのだとか。
カリストはちらりとモニカに視線を向けると、「どうだ」と言わんばかりに首を傾げながら微笑んだ。
(今日も先生は気づいてくれるのね)
ルカもモニカを認識するには波があるようだし、この学園でモニカを認知してくれるのは先生だけ。モニカは嬉しくなりながら、微笑み返した。
それから一人ずつオーブに触れて、属性を確認することに。
まず初めにオーブに触れたのはブラウリオ。彼は水属性なので水色に変化する。
次に宰相の息子ロベルト。彼は茶色、土属性だ。
それから、ルカが触れた時には、オーブは真っ赤に変化した。
「俺は火属性か……」
オーブに触れた手を見つめながら、ルカはしみじみとそう呟く。自分に属性があったことが嬉しいようだ。
普段は無表情が多い彼だが、心なしか微笑んで見えるのがたまらなく可愛い。
(ルカ様、良かったですね)
モニカは瞳を潤ませながら、推しの喜びを一方的に分かち合う。
なんて幸せな学園生活だろうか。これからもルカ様の成長を見守り続けたい。
「皆、おめでとう。私はやっぱり属性なしだったわ」
リアナは攻略対象たちに微笑みながらも、少し寂しそうだ。属性があれば精霊と交流することができる。皆が憧れることだ。
「聖女のために、属性を持つ者が生まれるんだ。俺が精霊を宿したら、リアナと仲良くするようにお願いするよ」
ブラウリオはすでに、彼女の守護者になるつもりでいるようだ。後を追うようにロベルトも、二人の会話に割って入る。
「僕の精霊もきっと、リアナ嬢を気に入ると思います」
「ふふ。二人ともありがとう。期待してる」
リアナは二人に微笑んでから、さりげなくルカに視線を向ける。けれどルカは、属性がある喜びでいっぱいなのか、リアナを気に留めていない様子。
(ルカ様って、意外と攻略が難しいのよね……)
彼は女性と接するよりも、剣を振り回していたほうが楽しいタイプ。振り向いてもらうまでに少々、時間がかかるのだ。
なんならリアナにコツを教えたいくらい。けれどモニカが話しかけたところでリアナは、気づいてくれそうにない。
うーんと悩んでいると、ぽんっとモニカの肩を叩く者がいた。
「モニカはまだ、調べていないだろう?」
「あっ……、はい。先生」
調べずとも結果はわかっているが、授業なので確実に調べなければならないようだ。
カリストにうながされてオーブの前に立ったモニカは、そっとオーブに触れてみる。
モニカとカリストしか注目していないオーブ。二人でしばしじっと見つめたが、やはり何の変化も得られなかった。
「モニカは、属性なしだな。聖女の素質がありそうだし、当然か」
カリストは、名簿にチェックをつけながらそう呟く。未だに、モニカが聖女かもしれないと疑っているようだ。
「私、そんなに聖女様と雰囲気が似ていますか?」
「いや……。今日、聖女に実際に会って感じたが――、モニカのほうが崇高な雰囲気だな。あちらは偽者か?」
「せっ先生。なんてこと言うんですかっ……!」