06 学園生活にログイン2
授業中。モニカは、彼の世話をしながら授業を受けるという、素晴らしい体験を果たした。
教科書を忘れた彼に、自分の教科書をさりげなく貸してあげたり。
先生に当てられて答えが分からない彼に、そっと答えを差し出したり。
服装に厳しい先生に目をつけられぬよう、身だしなみを整えてあげたり。……と。
ゲームの中のルカよりも、非常に世話のし甲斐がある。言い方を変えると、ゲームで語られていた以上の問題児だ。
(大丈夫よ……。ヒロインとの交流を深めれば、次第に良い子に変わるのだから。そのギャップが萌え萌えキュンなのだから……!)
前世の記憶を頼りに、それっぽいことを言ってみたモニカ。合っているかまでは解りかねる。
充実した午前の授業を終えたモニカは早速、持参したバスケットをロッカーから取り出し、いそいそと席へと戻った。
モニカには気が付いてくれない彼だが、いかなる時もこのバケットサンドにだけは気がついてくれる。
「ルカ様、よろしければお昼をご一緒に……あら?」
しかしルカは、一瞬だけ目を離した隙に教室から出て行ってしまったようだ。
彼の性格なら、お弁当を持ってきているとは思えない。買いに行ったか、学食へ行ったようだ。
「どうしましょう。私ひとりでは、こんなに食べられないわ」
ルカが食べてくれる前提でたくさん作ってしまったモニカは、とりあえず彼を探すことにした。
しかし売店にも、学食にも、ルカの姿はなかった。
すでにどこかで食べている可能性が高い。彼は屋外が好きなので庭なども回ってみたが見つけられない。
「早くしないと、お昼休みが終わってしまうわ……」
モニカは、時刻を確認するために時計塔を見上げる。そこでふと、前世の記憶を思い出した。
「時計塔……! ルカ様は時計塔にいるかもしれないわ」
この乙女ゲームはスマホアプリなので、ゲームにログインするとログインボーナス――略してログボをもらえる。
そのログボ画面は、攻略に関係なく好きなキャラを設定できた。
それぞれのキャラが、一番お気に入りの場所にいるという場面設定で、ログインボーナスをもらえるのだ。
そしてルカのログボ画面は、あの時計塔の最上階。
彼は昔から隠れられる場所が好きだ。きっとあそこに違いない。モニカはそう確信して足を向けた。
息を切らしながら時計塔を登ると、最上階にある巨大な鐘が見えてきた。
最上階は屋根を支える柱が四方にあるだけで、ほぼ屋外と言っても差し支えない場所。屋根の下には大きな鐘が吊るされており、一定の時刻になると鐘がなる仕組みになっている。
(わあ! 大きな鐘だわ)
イラストで見るよりも迫力がある。圧倒されなが残りの数段を登っていると、モニカの視界に突然、ルカの顔が映り込んだ。
鐘を背景にした彼は、普段の問題児からは想像もできないほど、優しい笑みをたたえている。
(ログボ画面……)
ゲームの画面にそっくりの光景が映し出され、モニカは息を呑む。
前世で何百回も繰り返し見たあの画面が、寸分たがわず再現されている。
「モニカ、会いたかった」
そして彼は、ログボ画面お決まりのセリフを紡いだ。
「あの……。私を思い出してくださったのですか?」
一度でも忘れられたら、バケットサンドを渡さなければ思い出してくれない。
いつもの彼なら、そうなのに。
「モニカを忘れたことなどあったか? 怪我の見舞いに行けなくてごめんな。これを渡そうと思っていたんだ」
モニカの手を取ったルカは、彼女の手のひらにお茶缶を乗せる。いつもよりも大人びた態度も、ログボ画面の彼にそっくりだ。
そしてお茶缶を見たモニカは、瞳を大きく見開く。
これはモニカが大好きなお茶だ。使用人に何度話してもいつも忘れられるので、大好きなのにあまり飲めないお茶。
その話をルカにしたのは、もう何年も前のことだ。
(えっ。何がどうなっているの……?)
それほど前のことをルカが記憶しているなど、モニカには信じられない。
「ルカ様……。どこかで頭でも打ちましたか?」
モニカが階段から落ちて前世の記憶が蘇ったように、ルカも頭を強打してモニカに関する記憶を思い出したのかもしれない。
「あ? 何、馬鹿なこと言ってんだ?」
けれどルカは目を細めながら、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
(いつものルカ様に戻ったわ……)
今のは何だったのだろう。
モニカは不思議に思いながらも、本来の目的であるバスケットをルカに見せる。
「あのっ。バケットサンドを作ってきたのですが、一緒に食べませんか?」
「おう。モニカのバケットサンド、ずっと食いたかったんだ」
その後のルカは、ログボ画面で見られるような大人びた姿はどこへやら。寝ころびながらバケットサンドを頬張るという、いつもどおりのお行儀の悪さを見せながら、綺麗にバケットサンドを平らげてくれた。
「ルカ様。よろしければこちらのお茶を、一緒に飲みませんか?」
「そうだな。モニカが淹れたお茶も、久しぶりに飲みたい」
初めの彼は少し様子がおかしかったが、久しぶりに長く話せたせいか幼馴染としての雰囲気が戻ってきたようだ。
ほっとしつつ二人で時計塔を降りて、ティーセットを借りに食堂へ向かおうとしたが――
「はぁ。午後の授業もだりーな。サボろうかな……」
ぼそっと呟いたルカは、モニカのことをなど忘れたかのように食堂とは別の方向へと歩き始める。
「あら……ルカ様。お茶は……?」
「つーか、もう帰るか」
モニカの声は、全く聞こえていない様子。
せっかく幼馴染の関係を取り戻せた雰囲気だったのに、一瞬で振り出しに戻ったようだ。
(そんなぁ……)
モニカは呆然としながら、去って行くルカの背中を見つめた。





