59 夜の活動1
そんなエピソードつきお茶会セットでルーをもてなしながらモニカは、ミランダと話した際に、彼女が教えてくれた情報を思い出していた。
『お近づきの印に、情報を提供いたしますわ。イサーク・リアマが、モニカ嬢のことを調べておりますの。お気をつけくださいませ』
彼女との別れ際にそう耳打ちされた時のモニカは、どきりと心臓が動いた。
ミランダの話によると、幼い頃にイサークから「ルカとの関係を取り持つ」と持ちかけられ、交流を深めてきたのだとか。
けれど去年になってから、イサークの様子がおかしくなった。ルカとミランダの間を取り持つ約束をそっちのけにし、モニカの事を調べ出すように。
気味が悪くなったミランダは、今はイサークとの交流を止めたという。
イサークはきっと、ルカとミランダの間に入ることで、自分にとって有利に事が運ぶよう操作していたのだろう。
そんなイサークとミランダが距離を置いたことは、喜ばしいことだ。
けれど、なぜ彼はモニカを調べているのだろうか。
ルカが公爵を目指して勉強をするようになり、ミランダとの婚約も済ませたので、公爵家でのルカのイメージは非常に良くなったはず。ゲームに出てくるイサークの計画は、例え実行したとしても意味をなさないだろう。
そのことで、モニカを恨んでいるのか。初めはそう思った。けれど、ルカが変わったのは、全てがモニカの功績ではない。リアナの攻略が進んでいるからこその結果だ。
その事実を踏まえると、イサークがなぜモニカを調べているのか皆目見当もつかない。
(先生に相談したほうが良いのかしら……)
カリストには、問題を起こしたらすぐに報告するようにと釘を刺されている。だが今の時点では、これがゲームに関係していることなのかは不明だ。
関係ない話をして、カリストに心配はかけたくない。しばらくは様子を見たほうが良いかもしれない。
そう考えていると、バルコニーの扉を叩く音が聞こえてきた。
このような夜に。しかも二階にあるモニカの部屋のバルコニーへたどり着ける者は一人しかいない。
「先生だわ!」
「ああ……。おいらとモニカのスイートラブラブタイムが……」
おおげさに落胆するルーの姿が可愛くて、モニカはくすくすと笑いながらバルコニーの扉を開けに向かった。
「先生、こんばんは」
「楽しそうだな。邪魔をしてしまったか?」
フードを目深にかぶっているカリストは、ちらりと顔を覗かせながら微笑んだ。
「ルーと一緒に、夜のお茶会をしていたんです。よければ先生もご一緒にいかがですか?」
完全モブ期間は家でも不便が多かったので、カリストはこうしてたまに様子を見に来てくれていた。今ではすっかりと慣れた光景だ。
「そいつのお菓子を奪うと面倒になるから遠慮しておくよ。今日は用事があってきたんだ」
カリストは、部屋へは入らずにそう告げる。
その様子から、モニカはすぐに事態を把握した。カリストがここを訪れる理由は他にもあったからだ。
「結界に穴が開いたんですか?」
「ああ。今の聖女では手に負えない大きさらしい。ここから西の方角にある山だ。今から行くか?」
「はいっ。今すぐに用意します!」
一年生の時にモニカが願った「陰からこっそりお手伝いしたい」という言葉を、カリストはしっかりと叶えてくれている。
聖女に関する情報が入ると必ずモニカの元へ知らせに来て、こうしてモニカが活動できるようにしていた。
特に結界の穴は重要で、リアナの失敗が続くとゲームに影響が出る。そうならないためにモニカは、こっそりと穴を小さくしてリアナがクリアしやすいように手助けしている。
モニカは手早くマントを羽織りフードを被った。その間にルーも必死にお菓子を平らげ、お腹がパンパンに膨れ上がっている。
結界を塞ぐにはルーの力も借りなければならない。彼なりの準備のようだ。単に、残したくないという欲の可能性も否定できないが。
「先生、お待たせいたしました」
再びバルコニーへ出ると、カリストは慣れた手つきでモニカを抱き上げた。
「よし、行くか」
「はいっ……。よろしくお願いします」
夜空へ舞い上がるカリストを、モニカはドキドキしながら見つめた。
このように運ばれるのはもう何度も経験しており、カリストは気にも留めていない様子。
けれどモニカは、到着するまでずっと彼に身を委ねている状態が、どうにも恥ずかしくて一向に慣れない。
「そんなに見つめて、どうかしたか?」
そしてそんなモニカの気持ちを見透かしたように、カリストがからかってくるのでさらに恥ずかしい。
「べっ別に……。先生はいつもどこから情報を得てくるのか、気になりまして……」
「さあな」
カリストとは半年以上も一緒にいるのに、未だに謎が多い人だ。
モニカのことは家族のように大切にしてくれるのに、自分自身のことになると急に曖昧に濁される。
彼の生い立ちを考えると、他人には知られたくない事も多いのかもしれない。そう思い、モニカも深くは追及しないようにしている。
「それより、昨日は死にそうな顔をしていたのに、今日は元気だな。あいつが婚約して、泣いているかと思ったんだが」
「うっ……」
モニカは気まずい思いで、カリストから視線をそらした。
昨日は自分から、二人で昼食を取るのはやめようとルカに提案した。けれど、推しと会う機会が減ることが思いのほかショックで、放課後のカリストとの訓練では、絶望の淵に立っているような状態だった。
それを華麗に解決してくれたのがルカだ。やはり推しは最高だ。
「ルカ様が幸せになることこそ、私の幸せなんですっ。ルカ様が婚約してくれて嬉しいです」
「その幸せを直に味わいたいとは思わないのか?」
「それはどういう……」
「あいつと結婚したいとは思わないのか?」
その質問にモニカは、きょとんっとした顔でカリストを見つめた。
「ルカ様とミランダ嬢の婚約はゲームどおりなんです。それを覆せるのはヒロインだけですし、私は部外者ですよ?」
そう返すと、なぜかカリストは笑い出した。
「モニカは徹底しているな。それなら、モブのモニカにも決まった婚約者がいるのか?」
「それがですね……。モブ体質が影響しすぎて、三度ほど婚約破棄されているんです」
「あ…………悪い。モニカはいい子だと思うよ。気にするな」
この国の貴族で、三度も婚約破棄を味わったのはモニカくらいだろう。
モニカにとってはもはや自虐ネタだが、カリストから見れば不憫に見えるようだ。気を遣った慰めが、いたたまれない。
「ありがとうございます……。そういう先生には、婚約者はいらっしゃるのですか?」
攻略対象には必ず婚約者が存在しているが唯一、カリストだけには婚約者がいない。それは初心者向けキャラという設定だからだが、実際にはどういう状況なのだろうか。
「俺は呪われているから、継ぐ家もないしな。特に無理して結婚する必要はないんだ」
「すみません……。失言でした」
「いや、気にしていないよ」
「…………」
「…………」
お互いの状況が悪すぎて、笑い話にもならない。
気まずさが辺りを覆うが、それを破ったのはルーだった。
「モニカ! 山の麓に人がいっぱいいるよ~!」
「えっ?」
眼下を見下ろしてみると、あれは騎士団だろうか。松明を持った者が大勢いるのが見える。
辺りには彼らが乗ってきたと思われる馬が何頭もおり、その輪の中心には高級そうな馬車が一台。
「王宮の馬車ですか……?」
「ブラウリオたちに先を越されたみたいだな。急ごう」
「はいっ」
カリストとモニカは闇夜に紛れながら、目的地の森の中へと降下し始めた。





