54 新しい設定のモニカ3
リアナがそう言いかけた時、彼女の隣にすっとブラウリオが現れた。彼のもの言いたげな表情も、今となっては懐かしい。
「カリスト先生、おはようございます」
「おはようブラウリオ」
まず初めにカリストへの挨拶から始めるところも、ぶれない人だ。ブラウリオは続いてモニカに視線を向ける。
「モニカ嬢、教室への復帰おめでとう」
「ありがとうございます……」
「リアナ。モニカ嬢との挨拶はもう済んだろう? 休憩室で一緒に予習でもしないか?」
「あっうん。そうね……。モニカちゃん、また後でね」
「あっ……はい」
半年以上ぶりの再会だというのに、彼女はあっさりとこの場を去ってしまった。
(リアナちゃんともっと話したかったのに……)
消化不良な気分でリアナを見送っていると、後ろのほうの席にいるロベルトと目が合った。
彼は軽く会釈するだけで、すぐに教科書へと視線を落とす。まるで初めて休憩室に居合わせた時のような素っ気なさだ。
ルカへと視線を戻すと、彼はもうモニカに興味を無くしたように、机に顔を伏せて寝ていた。
(皆……)
「モニカ。本当に、この設定で良かったのか?」
「えっ?」
カリストに言われて、やっとモニカは自分がしたことを再認識した。
モニカは、女神のオーラで目立ちすぎないよう、自ら設定を変えたのだ。
今までなら、ルカとリアナがモニカを取り合い、それに嫉妬するのがブラウリオ。そして良くも悪くも、状況をまとめるのがロベルトだった。
その核となるモニカが目立たなくなった影響で、皆がモニカに対してあっさりとした態度になるのは当然のこと。
けれどモニカは別に、皆の輪の中心にいたかったわけではない。ルカの幼馴染として、リアナの女友達として、一緒にいられるだけで幸せだ。
モニカが目立っていることで、リアナは攻略に集中できていなかった。それを改善できれば、本来あるべき乙女ゲームの姿として、リアナを中心に攻略対象たちが集まると思っていたが……。
(なぜ皆、ばらばらなの……?)
完全モブの期間は、皆と交流できないのが辛くて、モニカは自然と皆から離れて生活していた。
そのため、モニカが知る皆の姿は授業中くらいなもので。グループ授業などはそこまで雰囲気は悪くなかったので、皆が疎遠になっているとは思いもしなかった。
不可抗力とはいえ、本来はいないはずのモニカの存在が消えれば、自然とゲームは順調に進むと思っていたから。
(それとも、私が気にしすぎているのかしら?)
そもそもリアナの攻略が進んでいなければ、ルカが皆と行動するはずがない。モニカの設定が変更されるまではルカもグループの輪の中に入っていたので、少なからずルカの攻略は進んでいたはずだ。
ヒロインが攻略対象たちに囲まれている場面ばかりゲームで見てきたモニカとしては不自然に見えても、これが日常という可能性もある。
この世界で実際に生きているリアナとしては、時にはブラウリオと二人きりになりたいし、一人になりたいこともあるかもしれない。
それがたまたま、モニカとの再会に被っただけの可能性もある。
(お手伝いするにしても、もう少し情報が必要ね)
そう考えながらお昼を迎え、モニカは時計塔へと登った。
「モニカ、会いたかった」
一年生の時と変わらずに出迎えてくれるルカに、モニカはほっとしながら笑顔を向けた。
「二年生も、お昼をご一緒してよろしいですか?」
「当たり前だろ。モニカのバケットサンドを食べないと、力が出ないしな」
一年生の時に比べると、ルカは言葉遣いが良くなっている。公爵を目指すと決めてからのルカは、様々な努力を続けていた。
言動もそうだ。一年生の初めは机に足を上げて寝ていたルカだが、今朝は机に顔を伏せて寝ていた。大きな進歩だ。
(ルカ様の成長は、いつ見ても感動的だわ)
前世も含めてモニカに子供がいたことはないが、育児とはこのような気分なのかもしれない。
大好きな相手が成長して、できなかったことができるようになる。抱きしめて褒めたくなるほど幸せな気分だ。
「モニカ、目にゴミでも入ったのか? 瞳が潤んでるぞ」
「いいえ。ルカ様が輝いていらっしゃるので眩しくて」
「なんだよ。それ」
ルカは軽く笑いながら、モニカの手を引いた。
「こっち来いよ。今日からコレを使おうぜ」
「わあ……どうしたんですか?」
そこにあったのは、白い木製の折り畳み椅子とテーブル。
今まではモニカが持参してきた敷物の上で、寝ころぶのが好きだったルカなのに。急にどうしたのだろうか。
「ミランダに、床に座って食事するのはしたはないって言われてさ」
(ルカ様の婚約者候補の、ミランダ・セーロス公爵令嬢ね)
「礼儀作法の先生として、ミランダを押し付けられた」とルカが文句を言っていたのは、モニカが完全モブになって間もない頃だった。
それを決定したルカの父親の言い分は、学園でも指導できる立場の者が相応しいとのことだったそう。
婚約を拒否し続けていたルカに対して、両家は業を煮やしていた。両家の策略であることは見え見えだったが、父親の意見は的を射ている。早く後継者として認めてもらいたいルカは、承諾するほかなかったようだ。
その時に初めてモニカは、ルカに婚約者がいなかった理由が本人の意思によるものだと知った。
なぜゲームと設定が違っているのか。
それを探ろうとモニカは、何度も婚約や結婚をどう思っているのか聞き出そうとした。けれどそのたびにルカは、モニカとカリストの話題にすり替えてきたので、確かな理由は聞けていない。
ただ、ルカの気持ちも徐々に変化しているのか、最近はミランダの意見を素直に聞いている印象だ。
「あの……。せっかくご用意くださったのに申し訳ございませんが……」
「どうしたんだよモニカ。デザインが気に入らないか?」
「そうではなくて……。やっぱり、二人きりで昼食を取るのはもう止めにしませんか?」
今まではルカに婚約者がいなかったので、気軽に二人きりで食事もできた。けれど、ルカはミランダを受け入れつつあるし、モニカも再び皆に認知される設定となった。
この状況で密会のような関係を続けていると、あらぬ噂が立ってしまうかもしれない。
(この空間だけは特別だと思っていたけれど、諦める時期が来たのよね)
モニカにとっては設定に関係なく推しと交流できる唯一の場だが、公爵を目指すルカの妨げにはなりたくない。
「なんでだよっ! なんで急に、そんなこと言うんだよ!」
急にルカに両肩を掴まれながら迫られて、モニカは驚きながらルカの顔を凝視した。
公爵になると決めたルカなら、周りの目がどういった影響を及ぼすかくらい理解しているはず。当然、受け入れてくれると思っていた。
「あの……。ご希望でしたら、バケットサンドの差し入れは続けさせていただきますので……」
「そーじゃねーよ! あいつに言われたのか? もう俺と会うなって、カリスト・ビエントに言われたのかよ!」
(なぜここで、先生が出てくるの……?)





