53 新しい設定のモニカ2
「それで。今日の約束は放課後のはずだが、朝からどうしたんだ?」
放課後は一日おきに、カリストから力を制御する訓練を受けている。今日がその日だ。
その他にも学園で話し相手がいないモニカは、休み時間に頻繁にここを訪れているが、朝から来るのは珍しい。
「二年生になったので、設定を元に戻せるみたいなんです」
「ああ。モブと女神を調節する設定だったか」
完全モブになってしまったモニカは結局、カリストにこの世界に関する事情を話さねばならなくなった。
この世界が、モニカが前世でプレイしていたゲームだと信じてくれるかは不安であったが、カリストは意外とすんなりと受け入れてくれた。
『モニカは俺が呪われていることを信じてくれた上に、態度を変えなかった。だから俺も、モニカの話を信じて受け入れるよ』
カリストの呪いは、あざのようなものが刻まれているわけでもなく、他人から見れば目が見えないだけにしか見えない。呪いによる苦痛は本人にしかわからないから。
それは一族ですら同じで、身体の不自由な者が亡くなってはまた生まれることを、忌み嫌う者も多いのだとか。
呪いを持って生まれた者は、一族から虐げられたり追放されたりと、いつもひどい扱いを受けてきたという。呪いを持つ者を追放したとしても、必ず直系の子孫に受け継がれるのがこの呪いの特徴だとか。
カリストの父親も、息子が呪われて生まれたことを受け入れなかった一人。
十五歳までは隠されて育てられたそうだが結局、父親は息子を追放することを選んだ。それを憐れんだ乳母に引き取られたカリストはそれ以来、ビエント男爵夫人の家に身を寄せている。
それを知った際のモニカは、涙を流して呪いを解きたいと訴えたが、カリストはそれを許してはくれなかった。
『話を聞いてくれただけでも、心が楽になった』と。
そんなカリストが、モニカの境遇を信じてくれたこともまた、モニカにとって心が楽になるものだった。
お互いに、目には見えない曖昧なものを信じあえる関係になれたことは、大きな財産であるとモニカは感じている。
「はい。今度は失敗しないように、落ち着ける場所でと思いまして」
ここへ来た理由を説明すると、カリストはにやりと悪い笑みを浮かべる。
「今度は身体が動かないように、俺が抱きしめていようか?」
「えっと……。見守ってくださるだけで結構です……」
「残念だな」
(もう……またからかって。これが先生の唯一の欠点よね……)
せっかくの絆が深まったエピソードが台無しだ。
モニカは頬をわずかに紅潮させながら、未だに宙を駆け回っているルーに声をかけた。
「ルーお願い」
「もっもっもっ」
ルーは、リスのように頬を膨らませて話せない様子ながらも、設定画面は出してくれた。
空中に出現した設定画面のバーは、相変わらずモブ側につまみが振り切れている。
イメージアップアイテムがあれば、つまみを移動できるのではと思ったこともあったけれど、そんな時に限って時計塔のルカからは材料をもらえず、一年生が終わってしまった。
「元の位置に戻すのか?」
「いいえ。元の位置と完全モブの間くらいにするつもりです」
そもそもそ元の位置が、ヒロインの攻略の妨げになっていたからこそ、モニカは設定を変えようとしたのだ。その気持ちは今でも変わらない。
「本当にそれでいいのか?」
「はい。私は皆様に認知していただければ満足ですので」
そう返すと、カリストはなんだか腑に落ちていない表情を浮かべる。
(どうしてそんな顔をするのかしら?)
モニカの目的は、こっそりとヒロインの手助けをして、ルカを守護者にすることだ。その目的のために、不自由がないだけの交流ができれば良い。
そのことはすでにカリストにも話してあるが。
疑問に思いながらもモニカは、慎重にバーのつまみを動かした。
「今度はうまくできました」
これでやっと普通の学園生活に戻れる。ルカには、時計塔へ行けば認識してもらえたけれど、他の皆とは本当にあの舞踏会以来、話ができていない。
久しぶりに皆と楽しく過ごせるかと思うと、すぐにでも教室へ行きたくなる。
「さて。効果を確認しに、教室へ行くか」
「先生も行くんですか?」
「今までモニカがいなかった理由の説明が必要だろう?」
カリストは、モニカが完全モブ化した際も、教室へ出向いてクラスメイトや担任に「モニカは体調の関係で個人授業を受けることになる」と説明してくれた。その時の皆は、意味がわからない様子でぽかんとしていたが。
とにかくカリストが正式な手続きをしてくれたおかげで、モニカは欠席扱いにはならず、試験も受けられ、無事に留年することなく二年生を迎えられた。
「わあ! ありがとうございます。先生大好きですっ」
モニカは神に祈るように手を組み合わせながら、カリストを見つめた。このような体質である限り、カリストなしでは学園生活を無事に送れそうにない。
カリストは、苦笑するように笑う。
「その言葉。もっと他の時に言ってくれないか」
「他の時って、どんな時ですか?」
「例えば、俺が弱ってる時とか」
「先生も弱ることがあるんですか?」
「たまにはな」
すでに辛い幼少期を乗り越えたカリストは、滅多なことでは動じないように見えるほど、いつも堂々としているが。なにせ堂々と、神殿や国王批判までする人だ。
「でもそれって、私が口説いているみたいになりませんか?」
「たまには学生に口説かれて、困ってみたいじゃないか」
このように堂々と不適切発言をする教師が、弱ることなど本当にあるのだろうか。結局はまた、からかわれただけのような気がしたモニカは、ムッとカリストを睨んだ。
二人で二年生の教室へと向かい、カリストが教室の扉を開けると、学生たちが一気に注目した。
いつもは授業前にほかの先生が入室してきても特に注目されることはないのに、さすがカリストも攻略対象だ。
「先生、どうしたんですか?」
「まだ授業のチャイムはなっていませんよ~」
「少し、用事があってな」
カリストは意外と、男子学生にも人気がある。気軽に声をかけてくる学生たちに軽く返事をしながら、カリストはモニカを連れて教壇の前へと立った。
「体調不良のため、個人授業を受けていたモニカ・レナセールが、今日からまたこのクラスで授業を受けることになる。皆、彼女が困っている時は助けになってくれ」
カリストがそう説明すると、クラスメイトたちは「はーい」と素直に返事をした。カリストのおかげで皆、疑問を持つことなくモニカを受け入れているようだ。
「先生ありがとうございます」
「また問題を起こしたら、すぐに報告な」
「はい……」
問題が起きたらではなく、起こしたらと言うあたり、カリストにとってモニカはトラブルメーカーのようだ。心当たりがありすぎて、頭が上がらない。
「モニカー!」
そこへ大声で声をかけてくる者がいた。モニカはとっさに瞳を輝かせてそちらへと振り向く。モニカに向けて手を挙げているのは、ルカだ。
「ルカ様っ」
(教室でも私に気づいてくれたわ!)
『完全モブ』はモニカの入学時よりも悪い状況だったので、入学時のモニカは多少は女神側に寄ったモブだったと推測している。
そのため、どの辺りからルカに認知してもらえるのかは、賭けの部分もあったが。無事に認知されたようだ。
「隣、空いてるぞー」
「はいっ」
また隣でおしゃべりできる。待ち望んでいたことにドキドキしながら席へ向かおうとしたところ、リアナが教壇に向かって駆け寄ってきた。
「モニカちゃん会いたかった! 体調はもう大丈夫?」
「リアナちゃん! 私も会いたかったですわ。おかげさまで、すっかり元気になりました」
カリストの訓練のおかげで、女神の力を使っても倒れるようなことはなくなったが、実のところ、体力のなさはルーと契約状態になった時から変わっていない。
普通、精霊と契約してもそのような負荷はかからない。ただ、それは一般の人間の話であり、状況から見るに女神は別のようだ。
けれどカリストも含めて皆、モニカを体力のない子だと思っているようなので、これだけは秘密にしようと思っている。ルーを手放したくはないから。
「良かったぁ。久しぶりだし、良ければ――」
リアナがそう言いかけた時、彼女の隣にすっとブラウリオが現れた。彼のもの言いたげな表情も、今となっては懐かしい。





