52 新しい設定のモニカ1
爽やかに晴れた朝。
馬車から降りたモニカは、呆然としながら、学園の門から見える校舎の時計塔を見つめていた。
ときどき視界を横切っているのは、宙に舞う桜の花びらだ。
季節は春。
きっとゲーム画面なら『第二章 二年生』と章タイトルが出ていることだろう。
そう。モニカは二年生になったのだ。
そこでモニカは、ハッと我に返った。
「えっ! もう二年生!?」
門の前でそう叫んでみたが、モニカを気に留める者は誰もない。いつもの登校風景が背景のように流れていく。今のモニカは、完全モブだ。
一年生の初夏に行われた『リアナの初討伐を祝う舞踏会』。あの時にモニカが、『モブと女神のバランス設定』をおこなったが、ルカによって設定バーのつまみは大きく振り切れてしまった。
その結果。モニカは、完全なるモブと化してしまった。
女神側に降り切れなかっただけ、良しとするべきか。もしそうなっていたら、今頃モニカは神殿の祭壇に祀られていたかもしれない。
一歩間違えればゲームを壊すどころでは済まされなかったと思うだけで、身震いしてくる。
とにかくモニカは、半年以上も残っていた一年生を誰にも気づかれずに過ごす羽目になってしまった。
けれど、モブのストーリーなど興味ないとばかりに、あっという間に時が流れたような気分になる。
完全モブな生活は大変ことだらけだったが、所詮はモブ。語るに値しない存在ということか。
「……とにかく二年生になったわ。設定を変えられるのよね?」
この設定は、一学年で一度しか変えられないそうだ。
空中に向けてそう尋ねると、ポンッと火属性精霊のルーが現れた。彼の演出なのか、いつも身体を丸くさせた状態で現れては、両手両足をパッと大きく開く。その姿が正に『ポンッ』と表現するに相応しい可愛さだ。
孤独な完全モブ生活も、ルーのおかげであまり落ち込まずに過ごすことができた。
「もちろん! 今すぐ変更する?」
「また失敗したら大変だから、先生の研究室に移動しましょう」
そう話しながら移動を始めると、ルーは嫌そうな顔をしながらついてくる。
「うぇぇ。おいらあの人間、苦手」
「ふふ。先生は少し冷たく感じる時もあるけれど、とっても優しい方よ」
なにせカリストは、完全モブになったモニカのためにいろいろと手を回してくれた上に、女神としての力を制御する訓練まで請け負ってくれている。
彼の家の方角に足を向けて寝られないほど、感謝しっぱなしだ。
「それは、モニカにだけだもんねっ」
「そんなことないわ。お互いに良く知らないだけで、きっとわかりあえばルーのことも可愛がってくれるわ」
カリストは人当たりは良いが、近づこうとし過ぎると壁を作る傾向にある。けれどそれを乗り越えられたら、カリストは非常に甘い人だ。
モニカの説明に納得していない様子のルーは、カリストの研究室の前までくると、扉の前に立ちはだかった。小さすぎるのでなんの障害にもならないが、可愛いのでモニカはそれを見守る。
「これが真実だから。よく見ててよ!」
「うん。がんばってルー」
勢いづいているのか怒っているのか、よくわらない状態のルーは、その小さな身体からは想像もできないほど、力強く扉を開けた。
「頼もぉ~~~~~~う!」
そして、道場破りでもしそうな勢いでカリストに声をかける。
「…………」
一瞬の間のあと。机に向かっていたカリストは、扉のほうへと振り向いた。
「モニカか。おはよう」
「……おはようございます、先生」
(あら……。ルーに気がつかなかったのかしら?)
精霊は自分の意思で、人の前に姿を現したり、見えないようにできる。けれどカリストには精霊の目があるので、そのような細工は通用しないはずだ。
「うえ~ん! 無視されたよぉ~! やっぱあの人間に嫌われてるよぉ」
ルーは泣いてはいないが泣き声を上げながら、モニカの肩に貼りついてきた。彼は割といつも、オーバーリアクションだ。
モニカは指でよしよしと慰めながらも、うーんと考える。
そもそもこの国には、道場破りなんて風習はないし、武士もいない。聞こえていたとしても、意味がわからなかった可能性が高い。
それに比べてルーは、この世界が乙女ゲームであると理解しているようだし、日本文化にも意外と詳しい。その辺りを質問した時には、「なんのこと?」とはぐらかされたが。
「モニカの精霊はなぜ、泣いているんだ?」
「あの……。先生と仲良くなりたかったみたいなのですが……」
「なにかしていたのか。悪い。気がつかなかった」
「先生でも気がつかないことがあるんですね」
確かカリストの精霊は、同族を裏切るつもりでカリストの目となることを誓ったはずだが。
「精霊の動きをいちいち報告されると、きりがないからな」
「なるほど」
精霊は見えないだけで、意外と身近にいるのだとか。それを全て報告されると、気が休まないのはモニカにも想像はできる。
「おいら、声まで上げたのにぃ」
「悪い。気がつかなかった」
頬を膨らませて怒るルーから、カリストは視線を逸らした。
「モニカ、あの人間、確信犯だよ! 悪い男だよ!」
確かに先ほどは、気がつかないはずがないほど、ルーの声は大音量だった。
涼しい顔でシラを切るカリストと、必死に訴えるルーの対比がおかしくてモニカはくすくすと笑い出した。
「も~! モニカ笑わないでよ、おいら本気でぷんぷんなんだからっ」
「ふふ。ごめんなさい。二人が言い合いできるほど仲良くなれたみたいで嬉しいわ」
「モニカそれ、違う……」
ルーはがっかりしたような視線をモニカに向けるが、モニカには確実に二人の関係が進展したように見えている。
初めの頃のルーはしきりに、カリストを怖がっていたが、今では言い返せるようにまでなっている。
モニカの完全モブ期間は、カリストと過ごすことが多かったせいか、ルーもだいぶ彼に慣れたようだ。
「モニカ、お茶飲むだろう? 座って待っていてくれ」
「ありがとうございます、先生」
カリストはお湯を沸かすと、透明なガラスのポットにハーブとお湯を注いでからテーブルへと持ってきた。
「わあ。今日のも綺麗」
モニカは、ポットの中を泳いでいる色とりどりのハーブを見て、うっとりと微笑んだ。
初めの頃は研究室にあるビーカーなどでお茶を淹れていたカリストだが、モニカが完全モブ化して毎日訪れるようになってからは、ちゃんとした茶器を用意してもてなしてくれるようになった。
ハーブも適当に配合していると言っていたが、日に日にポットの中の美しさが増しているように見える。
「そういえば、クッキーもあったな」
十分に蒸らし終えたハーブティーをカップに注いだカリストは、机の引き出しからクッキー缶を取り出した。
「ほら。食べるか?」
このように気を遣ってくれるカリストは、守護者のよう……というよりも、過保護な兄か父親に近い雰囲気がある。
「ありがとうございます。ルー、先生がクッキーをくださったわ」
「わ~! クッキーだ!」
瞳を輝かせながら、モニカからクッキーを受け取ったルーは、小さな口を大きく開けてかぶりつこうとしたが、途中で止まる。
「お……おいら、クッキーひとつで機嫌が直るような安い精霊じゃないもんねっ」
「もう一つ欲しいのか?」
カリストにクッキーを差し出されると、ルーは素早くそれを受け取る。そして彼にとっては大きいクッキーを両手に持ったルーは、「もっ……もうひとつ」とおねだりしてきた。
「モニカの精霊は食いしん坊だな。誰に似たんだ?」
もう一つ差し出されたクッキーを口で受け取ったルーは、嬉しいのか辺りを縦横無尽に飛び出した。
「わっ私じゃないですよ? ルーは火属性なので」
精霊は、属性から発せられる気をエネルギーにしている。ルーは火属性のためか、火で調理した食べ物が好きなようだ。
ちなみにモニカの部屋の中で、ルーが一番好きな場所は暖炉の中。燃え盛る薪の上で寝たりするので、モニカはハラハラさせられるが、ルーにとっては心地よい場所なのだとか。
「それで。今日の約束は放課後のはずだが、朝からどうしたんだ?」
第二章からは、日曜、月曜の更新になります。
サブタイトルが不穏な感じですが……、第二章も何卒宜しくお願いします!





