05 学園生活にログイン1
学園の門で馬車を降りたモニカは、門の奥にそびえ立つ校舎の時計塔を見上げた。
「わぁ! やっぱり、前世の記憶と同じだわ」
この時計塔は学園のシンボルみたいなもので、 ゲームのログイン画面にも使われている。
前世の記憶が戻ってから初めての登校。いざ学園の建物を見ると、本当にここが『聖女と四人の守護者』の世界であると実感できる。
「確か、信頼度が上がっていくと、門の前で攻略対象と会える確率が高くなるのよね」
三年生の後半にもなると四人の信頼度も高くなるので、朝からイケメン四人のわちゃわちゃした会話を見られるのも、楽しみ要素のひとつだ。
(ヒロインは、誰から攻略しているのかしら)
モブとして生まれてしまったが、作品のファンとしてはヒロインの動向が気になる。
きょろきょろと辺りを見回してみると、ちょうどヒロインである聖女リアナが歩いて登校して来るのが見えた。
「リアナ嬢、おはよう」
そこへタイミングよく現れたのは、王太子ブラウリオだ。
近くにブラウリオが乗っていた馬車がないところをみると、彼女の登校を待ち伏せていたらしい。モニカはついつい顔がにやけてしまう。
リアナはほんのりと頬をピンクに染めながら、にこりと微笑んでいる。
「おはようございます。ブラウリオ殿下」
「殿下はそろそろよしてくれよ。ここでは俺も、ただのいち学生だよ」
「ふふ。そういう殿下こそ、よそよそしい呼び方ですよ」
「そうだったな。良かったら、呼び捨てで呼び合わないか……? リアナ」
「はい……。ブラウリオ」
入学してまだ一か月も経っていないが、リアナは順調に攻略を進めているようだ。
朝から良いものを見た気になったモニカではあるが、どうも心の盛り上がりに欠けているような気分になる。
(推しカプではないからかしら……)
この乙女ゲームは大好きだったが、攻略対象はルカしか目に入っていなかった。モニカにとってこの乙女ゲームは、ルカルートしかないのだ。
(ヒロインは、ルカ様も攻略してくれるのかしら)
ヒロインとのイチャイチャ場面を見たいという気持ちもあるが、この国では聖女の守護者に選ばれるのはとても名誉なこと。ぜひとも推しには、守護者になってもらいたい。
そう思いながらヒロインを観察していると、門の前に一台の馬車が停車した。
馬車に刻印されている狼の紋章を見た瞬間、モニカの顔はぱぁっと明るくなる。
(ルカ様だわ!)
馬車の扉が開かれると、ルカは気だるそうな雰囲気でのっそりと馬車から降りてきた。
シャツのボタンは上から三つも開けており、ネクタイはだらしなく首から下げているだけ。当然、ブレザーのボタンも全開だ。
(乙女ゲームの攻略対象って、なぜ胸元を開けがちなのかしら……)
だらしない恰好なのに、むしろそれが格好よく見えるから不思議だ。
そして、耳にかけていないほうの髪を鬱陶しそうにかき上げれば、その場にいる女子学生を魅了するには十分すぎる材料がそろった。
(はあ~ルカ様……。朝からフェロモンをまき散らしすぎです……)
『生の推し』を改めて見たいと楽しみにしていたモニカだが、想像以上の破壊力にやられてしまい、めまいに襲われる。
くらっと倒れ込みそうになったところで、誰かに後ろから受け止められた。
「大丈夫か? モニカ」
頭上から覗き込んできたのは、カリストだ。
「先生……」
「熱があるようだが、あれから悪化したのか?」
そんな怪我ではなかったが、とカリストは心配そうにモニカを見つめる。
けれどカリストが感じ取っている熱は、一瞬前に発生したもの。モニカは恥ずかしくなりながらカリストから離れた。
「お騒がせして申し訳ございませんっ。少し驚いただけですわ……」
モニカはうつむきながら謝罪したにも関わらず、カリストは「ほう……」と意味ありげにルカの方へと視線を送る。
「あれが例の。モニカはあーゆーのが好みなのか」
(もう……。どうしてわかっちゃうの。先生の精霊は一体どこまで伝えているのかしら……)
心まで覗かれているのでは、と心配になりながらカリストの顔をうかがうと、彼はにやりと悪い笑みを浮かべる。
「俺も、色気には少々自信があるんだが――」
そうしてカリストは、自身のシャツのボタンを上からぷちっと外し始めるではないか。
「せっ先生っ! 校門の前で何をなさるんですかっ!」
モニカは驚いて、慌てて両手で顔を覆う。
(先生って、こんなキャラだったかしら……)
カリストは攻略対象の中でも少し特殊で、初心者向けに用意されたキャラだ。カリストを守護者にしておけば、ゲームクリアに必要な情報をその都度もらえて、楽にハッピーエンドを迎えられる。
モニカも一度だけゲームをクリアさせた際には、カリストを守護者に入れた。
ゲーム内の彼は常に冷静であり優しい人柄で、悪ふざけをするようなキャラではなかったが……。
「冗談だよ。モニカは可愛いな」
カリストは笑いながら、ぽんっとモニカの頭をなでてから校舎へと向かって歩き出した。
(完全に遊ばれた気がするわ……)
カリストには、変な方向に気に入られてしまった気がする。
ため息をつきながらカリストを見送ったモニカだが、はたと自分の立場を思い出す。
(先生……今日も、私に気がついてくれたのね)
『ヒロインは、ルカを攻略してくれるのか』
そんなモニカの心配は、どうやら杞憂だったようだ。教室へ入るなりリアナは、すぐさまルカの席へと向かった。
このゲームの鉄板ルートは、王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、教師の四名。
王太子と宰相の息子はすでに、歓迎パーティーから接触を始めているし、ヒロインはこのゲームを良くわかっているようだ。
「ルカおはよう! 今日は隣に座っても良いかしら?」
席についていたルカは、足を机に上げるという粗暴な態度のまま、リアナを見もせずに「駄目だ」と答えた。
「もう。ルカのけちー。いつも駄目なのね」
その態度に気を悪くすることなく、リアナは苦笑する。
(平民のヒロインにとっては、あまり貴族らしくないルカ様が、むしろ親しみやすいのよね)
「仕方ないよ。ルカには大切な人がいるみたいだから。リアナは俺と座ろう?」
彼氏面で会話に入ってきたのは、やはりブラウリオだ。彼はリアナが他の男性へ興味を示すのを、阻止したいご様子。朝からご馳走様の連続だ。
(それにしても、どうしましょう……)
ちゃっかりルカの隣に座っていたモニカは、申し訳ない気持ちでルカを見つめる。
リアナたちの目には、ルカの隣の席は空いているように見えていたようだが、すでにモニカが座っているのだ。
座る際に一応は声をかけたが、ルカからの返事はもらえていない。どうやら、先約があったようだ。
「申し訳ございません、ルカ様。席を移動しますね?」
そう申し出てみたが、当然のようにルカからの返事はない。今の彼には、モニカは全く目に入っていないようだ。そもそも見えていたら、座るなと拒否されていたはず。
(もしかして……、席を移動する必要はないのかしら?)
むしろ気づかれていないなら、このままで良いのでは?
彼の目的の人物が現れたら席を譲れば良いだけで、それまでは空気として隣にいれば良い。
モブの特徴を最大限に生かした、モブらしい悪知恵である。
(それにしてもルカ様。ますます悪ぶった見た目になったわね)
気づかれていないのをいいことに、モニカはじーっとルカの顔を見つめた。
歓迎パーティーでも気になっていたが、彼の耳にはピアスが垂れ下がっている。入学前はピアスの穴など開けていなかったのに。
けれどモニカは知っている。彼はこれから周りが驚くほどの成長を遂げる。その過程をゲーム越しではなく、実際に見守ることができる。モニカは今から楽しみでならない。
「ふふ。素敵な男性に成長してくださいね」
ちょんっと、彼のピアスを指で触れて揺らしてみたが、やはり彼は気づかなかった。